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「そもそも何故ヴァリアーが今のような状態にあるのか、何があったのか、僕は知りません。教えていただけなかったので」
 作り上げた独壇場で、ほんの少しだけ言葉に棘を混ぜた。そして誰かに口を挟まれる前に先を続ける。
「僕が知っているのは、彼らのこれまでの功績は素晴らしいものだということ。ボンゴレのために汚れ仕事をしてくれていた彼らが居たからこそ、今日のボンゴレがある。違いますか? 皆さんが何故、先程のような反応をするのか理解できませんね」
「その役目は、もう必要なくなったのだ。今のボンゴレに暗殺部隊ヴァリアーは不要だ」
 きっぱり言い切ったのは、9代目の守護者であるガナッシュだ。他の幹部たちも同意見らしい。
 綱重は瞳を伏せる。長い睫毛がまだ幼さの残る頬に影を落とした。その下では、少女のような顔立ちには似合わぬ、嘲り混じりの苦笑が浮かんでいる。
「実を言うと、今夜のことがなくとも、僕はヴァリアーの復活を進言するつもりでした。もちろん、自分に指揮権を、なんて大それたことまでは考えていませんでしたが……」
 そこで、ついと視線を上げる。琥珀色の瞳が照明の光を映し、力強く輝いた。ボンゴレ9代目に問いかける声も同じく力強い。
「最近、あちこちで“よくないもの”が流通していることはご存じですか」
「いくつかの同盟ファミリーから多少話は聞いているが……連中が、君やエンリコを襲った、と?」
「いいえ。ですが、《彼女》の死には確実に関わりがあります」
 ジャケットの内側から取り出した数枚の写真を綱重はティモッテオに手渡した。
「彼女はモニカ。生きていれば今日、十六歳の誕生日を迎えていました」
「……。このような報告は受けていない」
「彼女の父親は検事、母方の祖父は病院を経営しています。末の娘がこのような状態で死んだことを隠したかったのでしょう。病死との届け出がされています」
 尊厳も何もなく道路に転がる少女が、そこに写っている。下着と見紛うばかりの着衣は乱れ、ブルネットの髪はくすんでいる。浮かんだ死の色を厚化粧は隠しきれず、だらしなく投げ出された手足が彼女がもう動かないことを示していた。
 写真を捲る手はゆっくりだ。綱重は、最後の一枚をティモッテオが目にするまで黙って待ち続けた。
 少女の顔や全身を写した他の写真とは違い、それに写っていたのは、腕だけだった。注射の跡がくっきりと残る青白い腕。たった十五歳で死んだ少女の腕だ。
 たくさんの修羅場をくぐってきたボンゴレ9代目でさえ、思わず目を覆ってしまう現実が写し出されている。
「厳格で教育熱心な両親の元で育った反動か、モニカが抱いた反抗心は他と比べ少しだけ大きかったようです。でも、こんな風に亡くなるほど道を外してはいなかったはず。彼女を言葉巧みに誘惑した人間がいる……人々を踏みにじることを何とも思わず、判断力のない子供をも食い物にする、そんな連中が存在する。同盟ファミリーの、このボンゴレの、領地内に」
 ダンッという大きな音が響き渡った。
 綱重の握られた拳が壁に叩きつけられる音だ。
「今のボンゴレに必要なものは何ですか」
 9代目だけでなく室内にいる一人一人に訴えかけるように、綱重は辺りをぐるりと見渡した。
「誇りもなく、頭にあるのは金儲けだけ。そんな連中に、ボンゴレがこれまで築き上げてきた権威が通用すると思いますか? まだ、権威だけでどうにかできると? ヴァリアーは不要? 本気ですか? どうしようもないクズ共にも解りやすい形で、我々ボンゴレの力を見せつけてやるべきだと思わないのですか!」
 荒くなった語気を無理矢理抑え込むかのようにそこで一度言葉を切ると、綱重は、今度は静かな声音で付け足した。9代目の目を見つめながら。
「抑止力という観点からみれば、ヴァリアーは絶対に必要だと思います」
「君の言いたいことはよくわかった。ヴァリアーの必要性について、異論はない」
「では」
 綱重の頬が期待に染まる。ティモッテオの首が横に振られたのは、すぐのことだ。
「しかし、彼らを君の下につける意義については? 彼らが君の言う“信頼できる部下”になると?」
「それは……、…………わかりません」
 熱のこもった演説をしていたのが嘘のような小さな声が唇から発せられた。
「きっと難しいと思います」
 壁を叩いていた拳は開かれ、包帯の巻かれた左腕を落ち着かない様子で撫で擦る。そのまま口を噤んでしまうかと思われた綱重は、数秒黙り込んだものの、再び言葉を紡ぎだした。
「前を向く強さが必要だと9代目は仰いました。だから、僕はもう逃げません。向かってくる敵は全て迎え撃つつもりです。何も成し遂げないまま死にたくないんです」
 綱重の目には、死ぬ気弾で撃ち抜かれたかのような決意の炎がみなぎっていた。
「10代目候補として、僕に少しでも期待してくださっているのであれば、どうかチャンスを与えて下さい」

×

「君には驚いたよ」
 車に乗り込もうとしていた綱重は、そう声をかけられて動きを止めた。
 高級スーツに身を包んだ壮年の男は、人の良さそうな顔をしてはいるが、ファミリーの中でも特に狡猾で抜け目ないと評されていた。
「暫く見ないうちに随分成長したものだ。9代目とお父上には私から口添えしておこう。ヴァリアーというのは少し無理があるとは思うが、君には何かしらのポストに就かせるべきだ、とね。私ごときが言ったからといって何が変わるわけでもないだろうが、あの様子ならきっと他の者たちもそうするだろう。きっと満足のいく結果が出るはずだ」
「ありがとうございます、カプラさん」
「うむ。今後、何か相談があれば連絡してきなさい。力を貸そうじゃないか」
 恰幅のいい体を揺らし、男は満足そうに笑った。

 数分ほど立ち話をし、ようやく車中に身を滑り込ませた綱重は、溜め息を吐いた。心にもない世辞は、言うのも言われるのも苦手だ。
 あの男はどうせエンリコにも調子のいいことを言っている。超直感を働かせなくとも分かる。信用できない。
「こちらは予定通りだが、そちらは? 他の幹部たちは全員、納得したか」
 運転席に声をかける。
 返事はない。
「……その頭、目立ちすぎるな。変装するのも面倒そうだし少し髪を切った方が、」
「ほっとけぇ! 切らねえって決めてんだ!」
「願掛けか?」
「テメーには関係ねえっ」
 鮮やかな銀髪を揺らし、ハンドルを握るスクアーロは声を荒らげる。大声に怯むことなく、何が可笑しいのか微かな笑みさえ溢してみせる綱重に、益々苛立った声で彼は尋ねた。
「本当に大丈夫なんだろうなぁ」
「ん?」
「今のオッサンが言ってただろうがぁ!」
 ――“ヴァリアーというのは少し無理がある”
 男の言葉を思い出し、綱重は頷いた。
「大丈夫だ」
 9代目はわかっているはず。襲われたのは、嘘ではないということ。
 部下があちこちに情報を売って小銭を稼いでいたのは知っていたし、キレやすい男だったから、追求すれば逆上して襲いかかってくるだろうとも予想していた。でも、襲われたこと自体は嘘じゃない。その後、綱重が震えるほど恐怖を感じていたことも――恐怖の理由は、襲われたから、ではなかったが――演技ではない。自分の体が示した反応は計算外だったが、あれはあれで殺されかけたという事実を訴える良い材料になってくれた。
 嘘は簡単に見透かされてしまう。けれど、隠しておきたい事柄を“真実”でコーティングするのは、嘘をついたことにはならない。だから、嘘は、ついていない。
「こんなところで躓いてなどいられない。僕は10代目になるんだから」


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