BEGINNING

二人とも、お元気ですか。僕は元気です。
母さん、マフラーを送ってくれてありがとう。とても温かく、冬の間、大活躍でした。
友人へのものも一緒に入っていましたが、彼はいま遠い所にいるため、渡せませんでした。わざわざ編んでくれたのにごめんなさい。いつか彼に渡したいと思っています。赤いマフラー、彼にきっと似合うはずです。それまで僕が大切に保管しておきますね。
ツっくん、春休みを楽しく過ごしていますか? ツっくんの笑顔を想像すると、なんだか僕まで楽しい気持ちになってきます。だからいっぱい遊んでいっぱい笑っていてくださいね。
ただし、新年度に向けての準備も忘れないように。・・・あ、今、ツっくんが嫌そうな顔をしたのが見えました。そんな顔をしないで、この一年は、“つまらない学校”が“楽しい学校”になるよう、ツっくん自身も少しがんばってみるのは、どうでしょう。
何か新しいことをはじめるのもいいかもしれません。春は何かをはじめるにはぴったりの季節ですから。
実は僕も今、あることに挑戦しようとしています。その準備に忙しく、前の手紙から少し間が空いてしまいました。ごめんなさい。なかなか電話も出来ず、結局また日本に帰れなかったのも、その為です。
でも僕は、いつでも母さんとツっくんのことを考えています。二人の幸せを願っています。
だからどうか二人も、僕のことを応援していてください。


 ヨーロッパのどこにでも売っている安物のペンを机に置き、上等とは言い難い紙質の便箋を、揃いの封筒に入れる。
 さて、今回はどこの消印を押して送ろうか。
 前回は確かアメリカのアイオワから。その前は、シンガポール、オーストリア……イタリアばかり避けるのも不自然だ。本当はそこに居ると言っているようなものである。何から足がつくかわからないのだから行動は慎重にしなければ。面倒だが、母と弟に危害が加わることを考えたら、こんなこと何の苦でもない。

 窓を打つ雨音に、ふと顔を上げる。
 ああ、もうこんな時間か。そろそろ出掛けなければならない。今ここを出れば丁度いい時間――シエスタの時間帯に訪ねるのは気が引けた。かといってあまり遅くに行けば夕食の催促をしているみたいになる――に、向こうへ着くだろう。
 手紙のことは、帰ってきたらまた考えることにする。

×

 昼から降り続いていた雨が一層勢いを増した夕方。
「初めまして。スペルビ・スクアーロさん」
 そんな挨拶から始めた少年は、喉元に剣を突き付けられている現状には似合わぬ落ち着いた声のまま続けた。
「子供相手にそこまで警戒する必要はないでしょう」
 これが警戒せずにいられるか、とスクアーロは奥歯を噛み締めた。一番奥に位置するこの部屋に、誰に見咎められることもなく入り込むなど“ただの子供”には絶対に不可能なことだ。
 少年の、まるで少女の様な面立ちを見やる。幻覚では……ないようだ。スクアーロは幻術士ではないため、はっきりと断言することはできなかったが、目の前の少年は確かにこの場に存在していると思う。
 しかしそうなると、わからない。一体、この少年はどこから現れたのか。
 抱いた疑問に答えるかのように少年が口を開いた。
「僕は忍び込んだわけではありません。ちゃんとしたルートを通ってここに来ました」
「次にふざけたことを言えば、その瞬間に頭と胴が離れることになるぞぉ」
 グッと更に刃を近づければ、首の薄皮が切れ僅かに血が滲み出る。
 少年は痛みに眉を顰めることもなく、くっと喉の奥で笑った。
「嘘じゃない。この屋敷には、ドン・ボンゴレすらも知らない隠し通路が複数存在しているんだ」
 敵意はないと両手を掲げ示しながら、少年は暖炉へと向かった。そしてゆっくりとその中に手を差し入れる。
「右に四回、左に一回、右に半分戻して、左に三回……」
 ギッギッと錆びた金属が動くような音がする。カチリとぴたり合わさった音がし、次の瞬間には何か重い物が動く音が部屋の中に響き渡る。
 音が止むと、少年はスクアーロを振り返って言った。
「そこの額を外してみろ」
 壁に掛けられた絵画を、細く白い指が指し示す。
 スクアーロが顰め面のまま動かないでいると、少年は小さく息を吐き、己が言った通りに絵画を外してみせた。
「ほら」
 絵画の後ろ、壁にぽっかりと空いた大人一人通れるほどの穴を指差し、少年は笑った。金色の髪がふわりと揺れる。幼い顔立ちが余計に幼く見えるような、けれどどこか艶やかな笑みに、スクアーロは思わず息を呑んだ。
 それをどう思ったのか、少年は慌てたように言葉を紡ぐ。
「知らなくても当然だ。知っているのは歴代ヴァリアーのボスを除けば僕ぐらいだろうから」
「……お前、何者だぁ……」
 再び警戒の色を深めたスクアーロに、少年の首が横に振られる。
「まず僕がここに何をしに来たのか説明させてもらえないか」
 スクアーロは目だけで続きを促す。
 少年の言葉は、簡潔だった。
「取り引きがしたい」
「……生憎、金には困ってねえ。他を当たれぇ」
「でも“自由”は欲しいだろう?」
 大きく見開かれたスクアーロの目を、少年の琥珀色の瞳が真っ直ぐに見つめた。
「僕の名前は沢田綱重。ボンゴレ門外顧問の息子で、ボンゴレの――10代目候補だ」


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