May your Christmas wishes come true!

 ボンゴレファミリー元10代目候補の沢田綱重曰く、サンタクロースは存在するらしい。
 ベルは、その言葉を聞いても一切驚かなかったが、かわりに深い深い溜め息を吐いた。
 あの争奪戦以降、綱重には何度も驚かされてきた。今更何を言われても、ベルの中の驚いたランキング第一位は変わらない。ザンザスとのキスを見せつけられたあの瞬間、あれに比べたらサンタの存在を未だに信じているだなんて意外でも何でもなかった。そもそも、綱重の知識や思考が、マフィアと関係がないもの……つまり日常生活の大部分において、小さな子供並みであることはすでに知っている。
「なんだ、ベル。何か言いたそうだな」
 ザンザスが戻るまで、暗殺部隊を率いていたときには、ベルたちに冷酷な命令を下していた唇が、今はアヒルのように突き出されている。口元についた食べかすは、さっきまでルッスーリア特製のパネットーネを幸せそうに頬張っていたからだ。
 ボンゴレファミリーの次期後継者やヴァリアーのボスにはまるで相応しくないこの姿が、本来の綱重だ。しかし、少し前までの綱重は立派にボンゴレファミリーの次期後継者でヴァリアーのボスだった。小さな子供のままの内面をボンゴレ10代目候補という仮面で巧みに隠して。ベルたちはずっと騙されていた。綱重には隠していたつもりも騙す気もなかったことはわかっている。それでもベルは時折思ってしまう。
 何だか面白くない、と。
 そして今日は、思うと同時にちょっと意地悪を言いたくなった。
「サンタなんているわけねーじゃん」

 琥珀色の瞳に動揺はなかった。長い前髪に隠されたベルの瞳を見返して、反論する。
「いるよ」
「いない」
「いるって。毎年、朝にはプレゼントが置いてあったし」
「親が用意したに決まってんだろ」
 綱重は息を吐く。そう言い返されると思っていた、と。
 いくら綱重だって、世間の大抵の家では、子供が眠りについたあとで親がこっそりプレゼントを置いていると知っている。けれど同時にサンタクロースは実在するのだ。世界中の子供たち全員の家を回ることは出来ないから、ごく一部の子供のところにだけ本物が現れる、綱重はそう信じていた。
 何故ならば。
「僕はサンタさんのソリに乗せてもらったことがある」
「サンタの?」
 聞き返す声に大きく頷きながら、綱重は、ある年のクリスマスイヴを思い出していた。


 いつもならぐっすり眠っている時間に、綱重は布団に包まれながらも今か今かとそのときを待っていた。
 自室の扉が開いたのがわかって、急いでベッドから飛び降りる。しかしそこに待ち望んだサンタクロースの姿はなく。
「なんだあ、父さんか」
「こら、なんだじゃないだろう。早く寝ないとサンタさん来てくれないぞ」
「え!? 起きてたらサンタさん来ないの!?」
 そんなの困る!
 今にも泣き出しそうに顔を歪める綱重を家光が抱き上げる。
「どうした?」
 優しく尋ねられ、綱重の大きな瞳にはじわりと涙が滲んだ。
 手で涙を拭いながら、あのね、とないしょ話をするような小さな声で父に囁く。
「僕、サンタさんに会ってね、プレゼントを変えてくださいって頼みたいんだ」
「フィアンマレッドの人形が欲しかったんじゃないのか?」
「そうだけど、でも、変えてもらうの」
「……急に言われても、サンタさん、他のプレゼントは用意してないと思うぞ?」
「大丈夫だよ」
「そりゃサンタさんは凄い人だけどな」
 ガシガシと頭を掻く家光に、綱重は大丈夫と繰り返す。
「『プレゼントはいらないからソリに乗せて』って頼むんだもん!」
「ソリに?」
「うん。それでね、イタリアまで連れてってもらうんだ」
 えへへと可愛らしい笑みをこぼす綱重とは対照的に家光は浮かない顔だ。
 小さな体をベッドの端に下ろし、その隣に自分も腰かけると、父は息子に問いかけた。
「今年はお正月までずっと日本で過ごすって、父さん、綱重に話したよな? 父さんと母さん、綱重と綱吉、それからおじいちゃんの五人で。綱重は、おじいちゃんとお正月の約束もしただろ? 忘れたのか?」
「忘れてないよ。9代目、お年玉くれるって言ってた。あと、一緒に初詣に行くって約束した」
「“誰”と約束したって?」
「……“おじいちゃん”と約束した」
 あれだけ9代目と呼んでは駄目だと言われていたのに。母の奈々が居ないときで良かった。
「ごめんなさい」
 しょんぼりと俯き謝る綱重に、家光はふっと表情を緩める。
「それならもう我儘言うのはおしまいだ。サンタさんが来てくれるよう早く寝ような」
 ポンッと頭に手をやるのは“これで話は終わり”という合図だ。しかし今は終わらせるわけにはいかない。綱重は慌てて言葉を紡いだ。
「ザンザスは今、誰と一緒にいるの?」
 日本に帰ることを聞き、9代目も一緒にと提案したのは綱重だった。9代目が来るならばその息子であるザンザスもきっと来てくれるだろうと思ったからである。しかし、そう上手くはいかなかった。9代目は快諾してくれたものの、肝心のザンザスから返ってきたのは鉄拳で、綱重は頭にできたたんこぶを冷やしながら帰国の準備をする羽目になった。
 日本に行ったらどんな楽しいことがあるか――母の作る料理の美味しさや、日本特有の新年の過ごし方などを――話してもみたが、ザンザスは変わらず素気ない態度しか返さず。その後9代目からも誘いをかけてみてくれたようだが、結局ザンザスは日本には来なかった。見送りもなかったが、綱重は気にしなかった。
(ザンザスなんかもう知らない!)
 そのときには三つに増えていたたんこぶの恨みもあって、ザンザスが悔しがるくらい日本で楽しい思い出をいっぱい作るのだという意気込みの方が強かった。
 そしてその通り、最高のクリスマスイヴを過ごした。町中がキラキラと輝いていて、世の中には辛いことや悲しいことなんか一つもないのだと思わせるような夜だった。
 しかし。
 言葉を覚えはじめた弟が、拙いながらも確かに「にーちゃ」と己を呼んだ瞬間や、母の作ったケーキを口に入れたそのとき。昼間、“おじいちゃん”に買ってもらったフィアンマレッドの剣(おもちゃだから、イタリアでいつも持ち歩いている本物の剣とは違い、実際に敵を斬ることはできない。でもボタンを押すと効果音が鳴ってピカピカ光って、とてもカッコいいのだ)を振り回し、敵に扮した父を追いかけながら――不意に、隣や後ろへと視線を向ける自分がいた。
 もしここにザンザスがいてくれたら。
 想像が、楽しくて幸せな気持ちがいっぱい詰まった胸をぎゅうぎゅう締め付ける。
 ザンザスが悪いんだ。折角誘ってあげたのに。
 非難の言葉は、“おじいちゃん”と一緒にお風呂に入っている最中、後悔へと姿を変えた。9代目一人を日本に連れてきてしまったことに気がついたのだ。
「――クリスマスは大好きな人と過ごす。父さん、そう言ったよね」
 家光の目が弧を描く。次の瞬間、綱重の髪は、父親の大きな手のひらによってぐしゃぐしゃとかき混ぜられていた。
「よし、わかった。サンタさんには父さんから頼んでおこう」
「やったあ!」
 ぴょんと跳び跳ねて、父に抱きついた。
 一体ザンザスはどんな顔をするだろう――サンタクロースのソリに乗って、彼の部屋の窓を叩いたら。驚きで丸くなった紅い瞳を想像してクスクス笑った。
 綱重がはっきり覚えているのはそこまでだ。


「空飛ぶソリがマジであると思ってんのか? 絶対夢でも見たんだって」
 頬杖をつき、真面目に聞くのもくだらないといった様子のベルに、ムッとした声が答える。
「夢じゃない。日本にいたのに、朝起きたらちゃんとイタリアに着いていた」
「……“起きたら”? つまり、ソリに乗っている間は寝てたってことだな?」
 的確な指摘だ。痛いところをつかれて、うっと言葉に詰まる。
 そう、サンタクロースは、綱重が寝ているうちに彼をイタリアまで運んだのだ。
「ね、寝てたけど、途中でちょっと起きたもん!」
「へー。“ちょっと”ね」
「サンタさんが『もう少しで着くからまだ寝ていなさい』って言ったから、すぐにまた寝たんだ! 悪いか!」
「別に悪かねーけど。ただ、そいつがサンタだってどうして言えんのかって話」
「赤い服着てた!」
「赤い服なんて誰でも着れるじゃねーか」
「そ、それから僕が『ありがとうサンタさん』って言ったら笑って頷いた、」
 ……と思う。眠くてあんまりよく覚えてないけど……。ごにょごにょと濁しながら何だか不安になってきた綱重である。今まではっきり信じていたものが、ここにきてかなり疑わしく思えてきた。
 だが、しししっと意地の悪い笑みを前に、負けを認めたくはない。
 ギリギリと奥歯を噛み締め、拳を握りかけ……そしてまだ切り札が残っていることを綱重は思い出す。
 上座に座る男の方へ、満面の笑みを向けて。
「ザンザスは会ったんだよな、サンタさんに!」


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