05

 もう二度と戻ることはないと思っていた町、並盛に綱重はいた。
 情報収集の名目で外に出たものの、結局綱重がしているのは記憶と現在の間違い探しだけだった。目立たぬよう、隊服を脱いだラフな格好で、町を歩く。もう忘れたと思っていたのに、体はきちんと覚えているもので、記憶を探るよりも先に足が勝手に動いた。駅前は以前よりも賑やかになっていたものの、住宅地に入れば、それほどあの頃と変わっていない。よく母と弟と遊びに行った公園はそのままだった。
 立ち止まり、辺りを見回す。家へ向かう道沿いの景色も、まったく変わっていないようだ。
 家では、母がいっぱいの料理を作っているに違いない、と綱重は夢想する。久しぶりに父さんが帰ってきたから、ご機嫌で。その父さんはきっとぐうたらしている。僕らが来たことにも、気づかずに……。
 息を吐きながら、小さく頭を振る。もう一度歩き出しながら、これ以上余計なことを考えぬように、ある男のことを思い浮かべた。
 ザンザスに褒めてもらうべく意気込んで出ていった男のことだ。綱重がこうして静かな時間を過ごせている理由の一つに、出掛けに、フードを被った赤ん坊を伴った彼、レヴィを見かけたことがある。レヴィは、きっともうあちら側のリング保持者を見つけているだろう。どうせなら雷だけじゃなく他のも全員殺してしまえばいい、と思う。ベルなんかは獲物を横取りされて怒るに違いないけれど、早く済むならそれに越したことはないのだ。今日で全てが終わり、イタリアに帰れたら――
「きゃっ」
 角を曲がると、軽い衝撃と、小さな悲鳴。……いくら考え事をしていたからといって、一応暗殺部隊に属しているというのに、なんてザマだろう。ぶつかった相手は尻餅をついてしまっている。内心自分に向け舌打ちしながら、綱重は、そっと手を差し出す。
「Scusi,signorina...(すみません、お嬢さん)」
 可愛らしい顔が驚きの表情を浮かべているのを見て、ようやくここが日本であることを思い出した。本当にどうかしている。慌てて、日本語で言い直そうと口を開く。しかし綱重よりも先に、彼女が呟くように言葉をこぼした。
「ツナくん……?」
 今度はこちらが驚く番だった。思わず引っ込めてしまった手に、何を思ったのか、彼女は一人で立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「あ、あの、ごめんなさい、少し友達に似ていたから……って、日本語で言ってもわからないですよね、私ったら」
「京子ちゃん、そんな場合じゃないですー! 早くランボちゃんたちが帰ってるか確認しないと!」
「あっ、そうだった!」
 ごめんなさい、ソーリー、と謝りながら、女の子とその連れらしい黒髪の子が走り去る。
 声をかけることも出来ずにそれを見送った。
「……ツナくん、か」
 それはきっと弟のことだろう。弟の、ツナの、友達。同級生だろうか?とても可愛い子だった。
 ――どこか母さんに似ていると、思った。

 ぼうっと彼女たちが走り去った方向を見つめていると、突然、白いもやのようなものが立ち込め、その中から小さな体が現れた。
「マーモン。どうした、レヴィと一緒じゃなかったのか?」
「状況が変わってね。――契約だから、まず君に教えに来たんだ」
 マーモンの言葉を聞きながら、今日中にイタリアに帰ることはできないだろうと、綱重の中の何かが告げていた。


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