23

 すぐにでも新しい武器を試してみたかったものの、完食するまで席を立つことは許されなかった。『食わなければリングと匣を取りあげる』と紅い瞳が脅してくるので、綱重は仕方なく冷めたミネストラとパンを胃に流し込んだ。

「んじゃ、まずはリングに炎を灯してみろよ」
 ベルの言葉に頷いて(幹部たちはとうに食事を終えていたが、皆この場から離れようとしなかった。綱重が開匣するのを見届ける気らしい)、リングからチェーンを取り外す。どうしてこんなものが巻かれているのかと首を傾げる綱重にルッスーリアが説明する。
「それを巻きつけるとリングの力を封じ込めることが出来るの。敵に探知されずにすむわ。綱重――十年後のあなたが、ミルフィオーレにリングを奪われないよう、使ったのね」
「大空の匣も、Aランクの大空のリングも、そうあるものではないからな」
 レヴィの補足に、リングに等級があること、自分の属性が大空であることを知る。更に、少なくとも十年後の自分はリングに炎を灯し匣兵器を扱えていたようだ。それらの情報は綱重をほんの少し安堵させる。しかしチェーンを外し終えたところで、再び、綱重は眉を顰めた。
 顔を出したリングには“VARIA”の文字がはっきりと刻まれていた。とても自分がはめていい物ではない気がしてザンザスを仰ぎ見る。
「……何だ」
「これって、本当に僕のものなのか?」
「そう言ってるだろうが」
 ザンザスは綱重の手を取り、止める間もなく“そこ”にリングをはめてしまった。
 左手の薬指だ。
 よりによってその指に通されたことに加え、ザンザスの指にも――右手の中指だったけれど――同じデザインのリングが光っているのが見えて、狼狽えかける。大粒のダイヤがついてるわけでもないし、幹部たちの指にあるのもきっと同じものだ。大した意味はないと綱重は自分に言い聞かせた。そうでなければ、これから行うことに集中出来そうもなかったから。
「う゛お゛ぉい! いいかぁ、リングに炎を灯すときはだなぁっ、」
 右手をあげてスクアーロを制止する。
 説明を受けるより、ボンゴレの血に頼る方が早い。これまで、どのような武器だろうと、格闘技だろうと、そうやって覚えてきた。そして、それらを極めた人間とは比べ物にならないレベルだが、自分の身を守れる程度には物にしてきたつもりだ。
 深く息を吸う。瞼を下ろし、意識を集中させる。ただし集中し過ぎないように。基本は感覚に身を委ねて……感じるままに。
 炎をイメージするとすぐに変化が訪れる。体の中に巡っていたエネルギーが一点に集約されていくのを感じた。しかし成功ではない。リングだけでなく手全体が熱を持ちはじめてしまっている。
 違う。そうじゃない。
 頭を振り、歯を食い縛ると、綱重は一層強く念じた。
 ――リングに、炎を。
 ゆっくりと瞼を開く。
 目に飛び込んできたのは淡い橙色。ほのかな光がリングに灯っていた。弱々しいが、確かに炎だ。
 ぱっと顔を輝かせ、ザンザスを見上げる。
 ところがザンザスは、この程度の炎では納得しないようだ。腕を組み、仏頂面の彼は、綱重の浮かれた気持ちを叩き潰すかのようにぴしゃりと言い放った。
「小手先だけでやろうとするな」
「でも、こうしてちゃんと……!」
 微かでも、リングに炎が灯っている。綱重にとって充分すぎる結果だった。
 ちゃんとした炎が灯せるとは端から考えていなかった。生まれながら手のひらに灯る炎の小ささや、半端にしか習得できなかった武道の数々を思えば当然の思考だ。だが、ザンザスは言う。
「リングに炎を灯すとき、一番必要なのは、技術や資質じゃねぇ。そいつが持つ“覚悟”だ」
 思いもかけない単語に、綱重は目を見開いた。
 ただ、すぐに納得もいく。
 質は違えど、リングからあがる炎もまた死ぬ気の炎である。超直感に頼り何とか形だけを整える、そんないつもの手法が通じるはずがなかった。どうすれば上手く扱えるのかということばかりに気を取られ、リングに炎を灯すこと自体が目的になっていては駄目だ。
 ――それは、わかるのだけれど。
「覚悟さえあれば、もっと大きな炎が……?」
 そこに嘘が混じっていないか、じぃっと瞳を覗き込む。視線の不躾さを気にした様子もなく、ザンザスは綱重の腕を掴んだ。
 こちらを見つめ返す紅。
 その眼差しと同じ力強さでザンザスは言った。
「俺を信じろ」
 瞬間、炎を灯そうだとか、匣兵器を扱いたいだとか、そんな考えは全て頭から飛んでいった。
 彼に、ザンザスに、応えたい。
 残ったのはそれだけ。単純で、だからこそ何よりも強い想い。

 心臓の後ろの方から熱い何かが溢れ出すのを感じていた。左肩から肘、そして薬指に向かって一直線に走っていく。綱重はそっと目を閉じて、自然の流れに身を任せた。


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