22

 テーブルにはザンザス好みの豪勢な肉料理が並んだ。暗殺部隊の幹部たちが揃って長卓に座る光景は、流石に随分な迫力がある。彼らが高級肉に舌鼓を打つなか、綱重の前にあるのは野菜がたっぷり入ったミネストラだ。十年後の世界に来てから、ろくに食事をとっていなかった綱重のための特別メニューである。
 献立の立案者であり、自ら調理も行なったルッスーリアが綱重に尋ねる。
「どうかしら〜?」
「…………どう、って?」
「美味いかどうかってことだろぉ」
「何?」
 スプーンから人参が転げ落ちる。
 ヴァリアーには専属の料理人がいるが、今日のようにルッスーリアが調理することも多かった。綱重もこれまで何百回と彼の料理を口にしている。しかし、味がどうかなんて今まで一度も聞かれたことはなかった。それをわざわざ聞くということは何かあるのだろうか。
 困惑に顔を顰め、口ごもる綱重を救ったのはザンザスだ。
「黙って食え」
 逆らえる者はいない。それぞれ口を噤み、目の前の皿に視線を戻す。
 綱重もスプーンを握り直したが、本来の用途ではもう使わなかった。はじめからあまり食欲がなかったし、思考を巡らす間、手持ちぶさたの右手はジャガイモをつつき回すのに夢中だった。
 ここは自分の居るべき場所じゃない――その思いが次第に強くなっていくのを感じていた。十年後の彼らが嫌なわけではない。問題は、綱重が求めている彼らはここにいる彼らではないし、彼らもまた今ここに居る綱重を見てはいないということだ。彼らの知っている綱重は自分とは違う。同じ人間でも、まったく違う。彼らと接しているときに覚える僅かな違和感は、それが原因だろう。
「…………何だ」
 どれだけ思考の海に沈んでいても、彼の声を聞いた途端に浮上する。綱重は、ザンザスを見、それからすぐに紅い瞳が向かう先を辿った。
 いつからそうしていたのか、フランが天井に向かって高く手を突き上げている。発言を許可されたことへの謝意のつもりかペコリと頭を下げて、口を開いた。
「明日から綱重さんにつく護衛はミーということで構いませんか」
 はあ!?という疑問の声は複数の口から飛び出した。綱重は驚きのあまり声が出せなかったのだが。
「ふざけんな! 何でお前が!」
「幹部内ならミーが一番の適任だと思うからですー」
「適任だと!?」
 ベルフェゴールの声に被さるように言い切る。レヴィの問いには小さく頷き、
「綱重さん、どう見ても現在の皆さんに壁作ってますしー。四六時中側にいるならいっそ赤の他人の方が気が楽だと思うんですよねー。……それとも、もしかしてこの状態が普通だったりします?」
 小首を傾げるフラン。
 他意の感じられない口調だからこそ余計に痛いところをつかれた気がする。しかも、フランの言葉をこの場にいる誰もが否定しないのだから、綱重としては至極いたたまらない。
「……今の状況自体“普通”じゃないからだ」
 言い訳じみていると思いつつも、それぐらいしか言葉が出てこない。
「つーか!」
 良くない雰囲気を吹き飛ばすかのようにベルが割り入った。
「カエルになんて“フツー”に任せられねえよ。絶対サボるに決まってるし」
「サボりはしないですけどとりあえずこの被り物は脱ぐつもりですー。邪魔なんで」
「脱がなきゃ出来ないならやっぱりお前は除外だな」
「ミーは出来ないじゃなくて邪魔だと言ったんですけど。堕王子って本当、人の話が聞けないんですねー」
 ナイフが――特注品ではなく、ステーキ用のだ――ぶすりとフランの肩に突き刺さった。いてて、と感情のこもっていない白々しい悲鳴があがるのを横目に、綱重はザンザスへと向き直った。
「そもそも護衛なんて必要ない」
 ザンザスの眉がピクリと動く。それだけで怯みそうになる己を叱咤しながら続けた。
「白蘭の狙いがボンゴレリングなら、僕が十年後に連れてこられた意味はない。状況から見ても本来僕は来るはずじゃなかったんだ。つまり重要視されていないということだろう? あの場所から逃げたときも追っ手はなかった。今後、僕自身が狙われる可能性は低いと思う」
「ちょ、ちょっと待って。百歩譲って“低い可能性”を無視するとしても、ボンゴレ全体への奇襲があるかもしれないのよ? 誰かが側にいないと危ないわ」
「最低限、自分の身も守れないほどの役立たずなら死んだ方がいい」
 ルッスーリアが眉を曇らせるが、気付かない振りで畳み掛ける。
「人員に余裕はないはず。貴重な戦力を割くなんて馬鹿げてる」
「今のお前は、その辺を歩いてるドカスでも簡単に殺れる」
「……っそんなの、言われなくてもわかってるよ!」
 紅い瞳を真っ直ぐに見据えて、言い返した。
 自惚れているわけじゃない。敵襲にあったとき一人で何とかできるとは思っていない。
 ただ、我慢できなかった。何もせずに守られているなんて。そんな面倒をかけるぐらいなら、ザンザスの邪魔になるくらいなら、死を選びたかった。――その権利すら与えられないのか。
 ハッとする。
 十年後にきて。何とか白蘭の元から逃げだしたものの、どうしたらいいのか解らなくて。ザンザスを頼って……ここまできた。すでに自分は庇護の元にいるじゃないか。温かな部屋、食事、安心。全て与えられて。生かされているようなものだ。それで死に様だけは選ばせて欲しいだなんて、あまりに虫がよすぎるのでは。
 聞こえてきた溜め息に、綱重は大袈裟なほど肩を揺らした。潤んだ瞳で恐る恐る上座を窺う。幸い、彼の顔から呆れや怒りといった感情は読み取れなかった。ほっとしたのも束の間、突然ザンザスが何かをこちらに放った。落としそうになりつつも辛うじて受け止める。
「…………これって」
 開いた両手の上には、チェーンが巻かれた指輪と、手のひらに収まるサイズの小さな箱。
「……匣、兵器? 僕の……?」
 ザンザスが頷いても、すぐには信じられなかった。


prev top next

[bookmark]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -