20

 部屋に戻ると、ザンザスも、あのフランという新人幹部の姿もなかった。たった一人で待っていたらしいルッスーリアは、ピンク色のエプロンを揺らし、うーん、と首を捻る。
「やっぱり大きかったわね。スクアーロに服の調達も頼んでおいたから少しの間だけそれで我慢してちょうだい」
「いや、これでいい」
 真新しいヴァリアーの制服に身を包んだ綱重は緩く微笑んだ。サイズが合っていないにしては、着心地は悪くない。当然だが、デザインだけでなく、機能性についても十年の間に著しく改良されているようだ。
 着替えはタオルと共に置いてあった。入浴前には無かったから、ザンザスが持ってきてくれたのだろう。汚れ、破れている服を、もう一度着る気にはなれなかったから助かった。
「何か食べたいものはあるかしら?」
 今すぐにでも料理に取り掛かりそうなルッスーリアを制止する。喉が乾いていたので、ミネラルウォーターだけ用意してもらった。
「腹は減っていない。――食事よりも今のボンゴレが置かれている状況について聞きたいんだが」
 ソファーに腰を下ろし、綱重はそう口火を切った。ルッスーリアの唇が一文字に引き結ばれる。だが、彼が躊躇いを見せたのはその一瞬だけだった。ザンザスから、尋ねてきたら答えるよう言われていたのかもしれない。それほどに語りはじめた口調は淀みなかった。

 結局、ミネラルウォーターに手をつけることはなかった。グラスの表面に浮かんだ水滴が、机に小さな水溜まりを作っている。それをぼんやり見つめたあと、膝の上で組み合わせた両手へとゆっくり視線を落とした。
 本部の様子を目の当たりにし、白蘭の言葉がある程度正しいことは推測していた。だから、家族の安否、同盟ファミリーを含めた被害状況、圧倒的な戦力の差といった事柄は綱重に大きな動揺をもたらさないはずだった。最後に付け加えるようにして――与える衝撃の強さをかんがみてわざとそうしたのだろう――語られた“彼”について、それがなければ、綱重はきっと平静でいられた。
「……マーモンが……」
 掠れた声が名前をなぞる。両手が小刻みに揺れているのに気付き、止めようとして、すぐに不可能だと悟った。
「何か……温かいものを淹れてくるわね」
 机の向こうでルッスーリアが立ち上がる。
 要らないと言うことも、頷きを返すことすらも出来ない。綱重が打ちのめされていることは明らかだった。固く目を瞑りそして天を仰ぐ。自分への疑問が頭の中をひたすらに巡っている。――何故、根拠もなく全員が無事だと思ったのか、と。

×

 目を開けると、既に夜も更け、辺りは真っ暗だった。
 いつベッドに入ったのだろう。まだ半分眠っているような重い頭で考える。ルッスーリアが持ってきてくれたコーヒーを飲んだところまでは思い出せるのだが、それ以降がはっきりしない。
「あたま……痛い……」
 寝過ぎた所為か?
 こめかみを揉みながら上体を起き上がらせる。と同時に、上着が脱がされ、ベルトが外されていることに気がついた。ソファーで眠ってしまった自分をルッスーリアが運んでくれた、と考えるのが自然だろう。あまり眠気は感じていなかったと思うが、もしかしたら体は休息を求めていたのかもしれない。
 本当に色々なことがありすぎたから。
 溜め息が漏れる。息を吐き出すのと同時に下ろした瞼は、すぐにまた上げなければならなかった。窓の外を、何かが……青色の発光体が通っていった。慌ててベッドから足を下ろすと、そのまま転げるようにして窓際へと駆け寄った。
「“スクアーロ”?」
 恐らくは――巨大な“鮫”だ。青い炎を纏い、背には三つのシルエットを乗せて、城の反対側へと泳いでいく。まるでそこが海の中であるかのような滑らかな動きは、優美そのものだ。大きな尾びれが見えなくなるまで綱重はその場から動けなかった。思わず見とれてしまっていた。
「あれも、匣兵器……」
 ベルトを締め、綺麗に畳まれていた上着を掴む。そして部屋を飛び出した。


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