18

「この時代のマフィアの必需品。匣兵器よ」
 ぼっくすへいき。
 唇が単語をなぞるが声は出ない。ヴァリアーの紋章が刻まれている小さなその“匣兵器”を見つめたまま、綱重はぱくぱくと口を開閉させた。
「剣であり、盾でもある。この子のような動物を模したものから武器型のものまで、形は様々よ。用途も治療や保存専用など色々あるわ」
 説明の全てを理解できたわけではなかったが、何とか、便利そうだと呟いた。掠れた声が裏返って更に聞き取りづらい。幸い、ルッスーリアにはきちんと届いたようだった。
「ええ、ただし使える人間は限られているけれど。匣兵器を動かすには炎が必要なの。――リングに灯した炎がね」
 言うやいなや、ルッスーリアの右手中指の付け根、いや、そこにはめている指輪から鮮やかな黄色の炎が立ち上った。
「炎には七つの属性があるわ。ボンゴレリングと同じ、大空、嵐、雨……それぞれに他にはない特徴があり、例えばこの晴れの炎は治療にも使える優れものよ」
「随分さりげなく自分の属性を自慢しましたねー」
「誰でもリングに炎を灯せるわけじゃないし、また、どの炎が使えるかはその人の持って生まれた資質が」
「おい」
 入れられた茶々を気にすることなく話し続けていたルッスーリアも、流石にザンザスの声を無視することは出来なかった。大人しく口を閉じ、リングに灯った炎を匣に注入する。
 二メートル以上ある立派な羽を広げたクジャクが、甲高い鳴き声をあげながら再び姿を現した。
「百聞は一見にしかずって言うし、実際に治療してみるのが早いわね。さあ。クーちゃんの前に立ってちょうだい」
「腕だけ出せばいい」
 言われるがまま立ち上がった綱重の腰をザンザスがすかさず抱き寄せる。クジャクの羽に向かって腕を伸ばせる形で横抱きにされた。そして綱重の心臓が大きく跳ねている間に、治療は始められる。ルッスーリアは特に指示を与えなかったが“クーちゃん”は自分が何をすべきか理解していたようだ。元々華やかな羽が鮮やかなイエローの炎を発し、一層キラキラと輝いた。
 綱重は炎に照らされた部分が心地好い温かさに包まれるのを感じた。腕だけを晒しているのが勿体ないと思えるほど気持ちがいい。その上なんと、みるみるうちに腕の傷が塞がっていく――!
「晴れ属性の特徴は、活性。細胞を活性化し自己再生を促すわ。凄いでしょ?」
「す、すごい…………けど、」
「うふふっ。爪を切らなきゃならないのが唯一の難点ね」
 とんでもない長さに伸びてしまった十本の爪を前に、綱重は頬を引き攣らせた。

×

 ある程度短く切り揃えられた爪に丁寧にやすりがかけられる。必要ないと言うのに、ルッスーリアは離してくれなかった。嫌がる綱重を押さえつけたときの腕力とは対照的な非常に優しく繊細な手つきで綱重の爪を整えていく。
「形を整えるだけじゃなく色々したくなるわね〜」
「……やめろ」
「はいはい。何も塗らなくても綺麗な桜色してるし必要ないわよね。肌もすべすべだし。若さが羨ましいわァ」
 甲を撫でさする手を振り払いたい衝動に駆られたが我慢した。匣兵器を目にしたことで、ここが十年後の世界であることを綱重は改めて認識させられた。本来なら自分の居るべき場所ではないという思いが、知己の仲であるルッスーリアにさえ、どこか遠慮がちな態度をとらせる。
 だから、誰かに助けて欲しかったのだけれど。生憎、綱重の味方はここには存在しなかった。隣のザンザスは知らん振りで酒を口にしているし、その向かい側ではフランがこっくりこっくり舟を漕いでいる。カエルの爛々とした瞳が癇に障った。
 何度も深い溜め息を吐く綱重が、そのとき、ひゅっと息を呑んだ。窓の外に視線を向けた瞬間だった。
 何かがいる。窓にへばりついてこちらを凝視している。血走った目で、恐ろしげな表情をして……お化けでも未確認生物でもなく十年後のレヴィ・ア・タンだと気付くまでに数分を要した。言い訳するならば、ここは窓から顔を出すのには不可能な高さがあり、またレヴィが背負う緑色の物体が何かわからなかったのだ。急いで窓を開けてやりながら、それも致し方ないと綱重は開き直りにも近い気持ちで思った。緑色の物体は、匣兵器であるらしい。窓枠に足を乗せたレヴィが、先程ルッスーリアが手にしていたものと同じような“匣”に緑色の何か――レヴィはリヴァイアと呼び掛けていた――を収納する。
 匣兵器を懐にしまったレヴィは綱重をじっと見下ろした。
「……無事だったんだな」
「お、お陰様で、ッ!?」
 突然、レヴィはガシリッと綱重の両の肩を掴んだ。更には俯き、小刻みに震えだす。大男の謎の行動に、綱重は少し怯えた様子で問いかける。
「レ、レヴィ……?」
「まあっ、感動の再会ね〜!」
 暗殺者らしく気配もなく二人に近付いてきたルッスーリアが、暗殺者らしくない明るい声音で言った。
「レヴィったら顔に似合わず感激屋さんなんだから。いや〜ん! つられて私まで涙が出ちゃうじゃない!」
 そうなのか?泣いているのか?そうは見えないけれど……。疑問を感じた綱重が正しかった。顔をあげたレヴィは、泣いてはいなかった。寧ろ眼は乾ききって、血走っている。至近距離で目を合わせてしまった綱重は仰け反りかけるが、レヴィはそのときすでに綱重から離れ今度はルッスーリアの肩に手をかけていた。
「見つかったのなら何故連絡してこない!」
「えっとぉ……スクアーロから連絡は?」
「ない!」
 はっきりきっぱり言い切られ、ルッスーリアは、少しだけ考える様子を見せた。それからピンと人差し指を立て、物知り顔で続ける。
「つまりこれは単純な確認ミスね」
「…………どうせ俺のことなど忘れていたんだろう」
「そんな風に自分を卑下しちゃだめよ。単に、スクアーロは私があなたに連絡したと思って、私はスクアーロが連絡したと思ってた。それだけよ」
 そう言ってニッコリと笑顔を浮かべたルッスーリアだったが、次の瞬間には胸ぐらを掴まれてしまっていた。
「……奴はどこにいる」
「す、スクアーロなら、綱重が白蘭と居た場所に、ベルを連れて向かったわ」
 苦し気なくぐもった声が告げると、レヴィは、再びわなわなと体を震わせはじめた。未だ解放される様子のないルッスーリアが、首を絞められた鶏のような呻き声を上げる。綱重が慌てて間に入った。
「レヴィ、落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか! 俺はずっと飛び回っていたんだぞ! スクアーロめ、この俺を出し抜きおって……! そうまでしてボスに取り入りたいのか!」
 ぬおお、という獣じみた叫びをあげ、益々ルッスーリアを締め上げるレヴィ。このままではルッスーリアの命が危ない。だが綱重の腕力ではレヴィを抑えられなかった。ルッスーリアの口から泡が噴き出しはじめたとき、ようやく、この部屋で唯一レヴィを止めることの出来る男が動いた。
「レヴィ」
「ボ、ボスッ……!?」
 レヴィは驚きの声をあげ、ザンザスの方へと体を反転させた。解放されたルッスーリアが床に倒れ込む。綱重は受け止めようとしたが間に合わなかった。
 レヴィは今の今までザンザスが居ることに気がつかなかったらしい。怒り狂っている最中に、それほど大きくもない声で一度呼ばれただけで気付いたのだから、それだけでも大したものだと綱重は思ったが、当の本人は違うようだ。『不覚だ』と一気に青ざめた顔色が語っていた。
 紅い瞳が、部下を真っ直ぐに映し出す。レヴィが唾を飲み込む音が綱重の耳にまで届いた。
「――ご苦労だった」
「い……、いえ! 俺は、自分の仕事をしたまでです!」
 緊張と不安に満ちた表情が驚愕を経て、歓喜に変わった。
 ザンザスから労いの言葉をかけてもらうこと――それはレヴィにとって神の祝福を受けるに等しいのだろう。いや、恐らく、それ以上だ。
「すぐにスクアーロたちと合流しますっ」
 紅潮した頬を何とか引き締めようとしているようだが明らかに失敗だった。隠しようもない笑顔を浮かべたレヴィは、宣言すると同時に匣兵器を取り出して、窓から飛んでいってしまった。
「あれも匣兵器なんだよな?」
 助け起こしつつルッスーリアに尋ねる。
「そ、そうよ。レヴィのは、雷エイ。硬化の特徴を持つ雷属性の匣兵器」
「硬化……雷、属性……」
 その単語は聞いたことがある。確か白蘭が口にしていた――詳しく聞こうと、綱重は口を開いた。しかし、
「話はあとだ」
 ザンザスの手が、まるで子猫を掴むように綱重の襟首を引っ付かんだ。


prev top next

[bookmark]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -