14

「スクアーロ隊長、こっちには綱重さん居ませんでしたー」
「そうかぁ」
 相槌をうち、声のした方向――階段の踊り場を振り仰ぐスクアーロ。その隣では同じく頭をもたげたベルフェゴールが不満そうな声を漏らした。
「随分早いじゃねーか。ちゃんと探したのかよ」
「ベルセンパイこそ」
「ああ?」
 フランは、階段を半ばまで駆け降りると、ちょうどそこで生き絶えていた男を蹴り落としてみせた。階段にいくつかの染みを残しながら転がる死体。最後には石畳の床に打ち付けられて、熟れすぎた果実のようにぐしゃりと頭が潰れる。凄まじい臭気と、どろどろとした腐敗液が辺りに飛散し、スクアーロとベルを襲った。
「う゛お゛ぉい!」
「てめえっ、このクソガエル!」
 当然あがる抗議の声にも、フランはいつもの涼しい顔を崩さない。
「ミーは、こうして一体一体顔の確認までしましたよー。ま、数体ひっくり返したあたりで腐ってるかどうかさえ確認すればいいと気づいて、蹴るだけになってましたけど」
 綱重さんなら死後数時間でしょうから腐ってないですもんね。言いながら、ぴょんと階段から飛び降りたフランに向かって、ナイフが飛び、剣が振るわれる。その全てをまともに食らい、短い悲鳴をあげたフランは、しかし、抗議は変わらず抑揚のない声で行った。
「何するんですかー。ベルセンパイはともかく隊長まで」
「ば〜か。忠告してやってんだろうが」
「ボスの前でンなこと口にしてみろ。間違いなくクビ切られるぞぉ」
「ちなみにヴァリアーをクビになるって意味じゃなく、物理的に首が離れるって意味だからな。しししっ、そうしたらカエルの生首でサッカーだ」
 色々と言い返したい気持ちを堪え、忠告なら言葉でしてくださいとだけ言うと、フランはおもむろにメガホンを取り出してみせた。幻術だとすぐにわかる、安っぽい黄色をしたそれを口に宛がい、辺りに声を響かせる。
「“綱重さーん。ミーはボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーのフランですー、居たら出てきてくださーい”」
「何だそれ」
 呆れたように言うベルの横でスクアーロも顔を顰めている。フランは、一人でずっとこう言いながら探していたのだと、己がどれだけ真面目に仕事をしていたかを二人に訴えた。
「ミー、現在の綱重さんとも挨拶すらしたことないんですよー。当然十年前の彼とは初対面なわけですー。知らない奴が自分を探しているのを見て、十年前の綱重さんが“わあ、助けに来てくれたんだ”なんて出てくると思いますー? 間違いなく怯えて隠れるでしょう? だから名乗ればいいんじゃないかと」
「名乗っても、怪しいカエルにしか見えねえけど」
「……脱いでもいいですかー」
「ダメだ」
 少しだけ浮いたカエルの被り物を、ベルはすかさず押さえつける。その後聞こえたチッという鋭く小さな音は、間違いなくフランの舌打ちだ。くだらない喧嘩が始まる前に止めなければ。スクアーロが口を挟もうとしたそのとき、耳元で彼の名を呼ぶ声がした。
「――ルッスか。どうしたぁ、何かあったか?」
『ううん。奥まで見て回ってたらどうも迷っちゃったみたいなのよ〜。合流したいから、ちょっとアーロを放ってみてくれない?』
「いや、オレたちがそちらに向かう」
 ちらりと、フランが転がした死体に目を向けながら答える。ベルが大きく頷いた。
「ここは臭いしな、どっかのカエルの所為で」
「はいはい、すみませんでしたー」
「心がこもってねえ」
 二人のやり取りに軽い頭痛を覚えつつも、スクアーロはすぐに行くと口早に告げた。

 四人が合流を果たしたのはそれから七分後。広い城内を思えば早いの一言だが、彼らがあのヴァリアーであることを考えれば、かかりすぎだと言わざるを得ない。
「一応西側は全部見て回れたと思うけど、他に隠し通路や隠し部屋があってもおかしくはないわね。そういうところに居るんだとしたら本当にもうお手上げだわ」
 ルッスーリアはそう溜め息を溢した。後方にのびる長い廊下は、彼が少し前に通ってきた道だが、どこに繋がっているものなのかすでにあやふやだった。
「レヴィの方はどうかしら」
 サングラス越しの視線を窓の外に移し、呟く。
「さっき連絡があった。周りの森の中も見てくると言っていたが、」
「無駄足でしょうねー」
 フランの言葉に、全員が無言ながらも肯定を示す。
「まだ着いてねえのかも」
「そうね。あそこがここからどの程度離れているか解らないし、十年前の綱重がここまで来るための移動手段はごく限られるもの」
「或いは、ボンゴレ本部に向かわず別の場所に向かったか……だなぁ」
 或いは、すでに敵に捕まっているか、殺されているか。心の中で続け――声にすれば間違いなく剣とナイフに加え蹴りまでもが飛んでくるだろう――フランはさりげなく話題を変える。
「一人で行っちゃって、それっきりなボスは今どこに居るんですかねー」
「そうそう。そのボスに伝えたいことがあるのよ」
 顔の横でぱちんと手を合わせると、ルッスーリアは少し離れた場所に飾られている絵画に駆け寄った。
「この絵、1928年作なのよ〜ん」
 語尾にハートが見えるほど明朗な声はどこか得意げな調子で続けた。
「綱重は、ボンゴレ本部へ9代目を救出に行き消息を絶った……多分ここでミルフィオーレに拐われたわけじゃない? ということは、何かを残すならこの建物の中にあるはずよ」
「それがこれだっつうのかよ?」
 うんうんと大きく頷くルッスーリアに促されるようにして、ベルは絵の前に立つ。しげしげと眺め、更に壁から額を外し、弄りまわした。が、やはり何の変哲もない絵だ。一応後ろの壁も触って確かめてみるが。
「……別に何もねーじゃん」
「そうなんだけどォ。ボスだけに解るスイッチとかあるんじゃないかと思って。ほら、ここってそういう仕掛けが多いでしょ」
 ガシガシと銀髪を掻き乱しながらスクアーロが口を開く。
 手分けして綱重を探したものの収穫はゼロ。自分達だけでは、持っている情報が少なすぎるのだ。ボンゴレ本部の構造にしろ、綱重のことにしろ。これ以上ここでこうしていても仕方がないだろう。
「ともかくボスさんを探すぞぉ」


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