13

 最後に目にしたのは銃を構える兄の姿だ。引き金が引かれると同時に爆発音が轟き、映像は途切れてしまった。
「あーあ……」
 酷いノイズのあと、急にクリアになった回線が、そんな呟きを届けた。一瞬遅れて映像も戻る。そこにツナが探し求める兄の姿はなかった。
「大人しくしていれば、命を落とすことはなかったのにね」
 三度、ツナたちの前に姿を現した白蘭は溜め息混じりにそう言った。白銀の合間から覗く瞳に、もう笑みはない。底冷えするような冷たい光だけが宿っている。
 ぞくりと背筋に冷たいものが走り、ツナは顔を強張らせた。まさか。震える唇が、兄を呼ぼうとしたその瞬間、それより早く白蘭がクスリと笑みを溢した。
「なーんてね。逃がしちゃったのはこちらのミスだし、素直に諦めるよ」
「……逃がした?」
「切り札があるとしたらもう少し早く出すと思ってたから、油断しちゃった」
 参ったねと言いながらも浮かぶ笑みは至極楽しげだ。
「僕の手を放れた以上、十日後まで手を出さない約束は綱重クンにも当てはまる。早く迎えに行ってあげるといいよ。ボンゴレの本部にでも向かうんじゃないかな?」
「それが罠じゃねえとどうして言える」
「罠だと思うなら放っておけばいい」
 リボーンの、疑念に満ちた言葉にもあっさりと答える。
「でも、彼、随分と情緒不安定だったし……今のボンゴレ本部の惨状を見たら絶望して自殺しちゃったりしてね」
 指で作った銃で自身のこめかみをつつきながら、白蘭はそう続けた。さも面白いことを言っているかのような弾んだ声で。
「白蘭……!」
 抑えきれない怒りを感じ、ツナは唸るように男の名を口にした。
 いきなり十年後の世界に来てしまい、戸惑わない人間はいないだろう。棺桶の中に居ることに気付いたとき。五分経っても戻らないと気付いたとき。十年バズーカに当たったと理解していた自分でさえ、慌てふためいたのだ。兄の混乱はそれ以上だろう。
 ツナは考える。オレは一人じゃなかった、と。すぐに獄寺もこちらに来たし、山本もだ。逃げ出したい気持ちも、京子たちの存在が責任を思い出させてくれて、それでも怖じ気づきそうなときにはリボーンやラル・ミルチが尻を叩いてくれた。そして十年後の雲雀や了平といった未来の事情を知る仲間が居たからこそ、ここまで来れたのだ。
 もし一人だったら。
 何も分からないまま、白蘭の前に連れてこられたら。
 あんな風に追い詰められたら。
「残念だけどもう時間切れだ」
 兄の心を乱した張本人は、そう言って今度こそ本当に姿を消した。

×

 白蘭の仕掛けた転送システムにより、メローネ基地の大部分がどこかへと飛ばされてしまった。ツナたちが無事だったのは、ひとえに十年前の了平がボンゴレリングと共に現れたからである。
「沢田! お前の兄貴には極限に怒りを感じているぞ! 次に会ったときには一発殴らせてもらうっ」
 ツナの姿を見つけた了平は、高らかにそう宣言した。
「に、兄さんが何かしたんですか?」
「うむ。俺にきた手紙を卑怯な手段で奪い取ったのだ。恐らく、お前たちが行方不明になったことと何か関わりがあると思ったのだろうな。こうしてお前たちに会えたわけだから、実際、その通りだったわけだが」
 並盛神社に呼び出されたこと、綱重にスタンガンで気絶させられたこと、了平は順を追って話していく。
「気がついてすぐ神社に向かったのだ。すると、突然向こうから何かが飛んできてな」
「避けきれずに当たったんだな」
「バカを言うな、タコヘッド! 避けようとすれば避けれた、だが逃げるのは俺の性に合わんっ。ボクサーとして堂々拳で迎え撃ったところ、何故かここにきてしまったのだっ」
「十年バズーカを殴ったんですか……」
 呆れと驚嘆の混じった視線を了平に向けながら、ツナは、どうして兄が十年後の世界にきてしまったのか何となく想像することが出来た。
「恐らく綱重は、了平を待ち伏せている正一を見つけ、問い詰めたんだろうな。それで何かの拍子に――ビビった正一が撃っちまったのか、十年バズーカに当たった」
 家庭教師が口にしたことは、ツナの想像と概ね合致する。的外れな考えではなかったようだとツナは安堵した。
「正一、綱重が未来にくるのは予定になかったようだが、大丈夫なのか?」
「ああ、うん。誤爆も一応想定済みだよ……。彼は、綱吉くんたちと同じく、分子化されてこの装置に保存されている」
 眼鏡を指で押し上げながら、正一が説明する。十年前の何も知らない自分がしたこととはいえ、失態を恥じているような表情だ。
「10代目。ともかく、お兄様はあの変態ヤローの側から離れられたみたいですし、結果的にこれで良かったんですよ!」
「う、うん。そうだよね」
 獄寺が励ますように口にした言葉に、ツナも賛成だった。正一に、だから大丈夫だと緩く微笑む。白蘭の“手は出さない”という言葉はあまり信用できないが、それでも今は信じるしかない。あとはこの十日の間に兄と合流する方法を考えなければ。
「ん? 沢田、お前の兄貴もここに居るのか?」
「あ、ええと、今ここには居ないんですけど……」
「早くお前の無事な姿を見せてやるといい。あの様子じゃ誰に何をするか解らんぞ。何かに焦っているような、周りが見えていないような感じだった。兄弟が居なくなったのだから、取り乱して当然だがな。俺も京子が居なくなって……」
 そこまで言い、やはり殴るのは止めておこう、と了平は自分の言葉に納得したように大きく頷いた。
「兄としての気持ちは痛いほど解るからな……む、そうだ、京子もここに居るのか!? 京子ー! どこだ、京子ー!」
「お兄さん、落ち着いてください! 京子ちゃんはここには居ませんが安全な場所でちゃんと無事ですからっ」
「こら、芝生頭! 10代目のお手を煩わすんじゃねー!」
「何だとタコヘッド!」
 ぎゃーぎゃーと喧嘩をはじめてしまった獄寺と了平の間に割って入りながら、ツナは、日常が戻ってきたような気がしていた。無論それは束の間と呼ぶにもあまりに短すぎる時間だったのだが。
 その後、ボンゴレ匣が与えられ、ヴァリアーからの通信が入ったことは、ツナにとって白蘭との戦いを意識させるに十分な出来事だった。そして後者が持つ意味はそれだけでなく。
「――ザンザス! 綱重のことは頼んだからな!」
 ラル・ミルチが叫ぶと同時にブツリと通信が途絶える。向こう側に声が届いたかどうか疑わしいが、それでも彼女は安心した様子で息を吐いた。これに一人慌てたのはツナだ。
「ちょ、ちょっと待ってよっ! 何でザンザスに頼むわけ!?」
「白蘭がいるのはイタリアだろう?」
 リボーンが正一に問いかける。そして肯定の言葉を貰うと、赤ん坊は己の生徒に向き直った。
「今からイタリアに飛び、土地鑑のないお前が今どこにいるかもわからねえ綱重を十日以内に探し出すのはまず不可能だ。戦いに備える貴重な時間を削るわけにもいかないしな」
「だからって……!」
 今回ザンザスたちは味方のようだが、それでもあのザンザスが兄のために動いてくれるとはツナにはどうしても思えなかった。ラルは知らないのだ。兄があの男にどういう扱いを受けていたのかを。
「例え綱重が日本にいたとしても、ザンザスに任せるのが一番だ」
 凛とした声が言い放つ。信じられない思いで、ツナはラル・ミルチを見つめた。ベッドに伏せながらも、彼女ははっきりと続けた。
「それが綱重にとって一番良い」
「な、何でラルがそんな風に兄さんのこと、」
「沢田綱重はボンゴレの門外顧問チームCEDEF所属だと資料で読んだよ」
 正一の言葉にリボーンが頷く。
「なるほど。つまりこの十年、お前が綱重の家庭教師をしていたわけだな」
「そんな大層なもんじゃねえ。家光のやつに無理矢理押し付けられて、仕方なく鍛えてやっただけだ。チームの足を引っ張られても困るからな」
「ラルが兄さんを……?」
 だからと言って、何故ザンザスに兄を任せるのが一番なのか。その理由を、何故だか聞いてはならないような気がして、ツナは口を噤んだ。


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