11

 愕然とした思いで、綱重は弾丸の向かった先を見つめた。確かに引き金を引いた。ただのそれではない、死ぬ気の炎を込めた弾を放つときの反動もこの手で感じた。しかし目の前の男には傷ひとつない。狙いが外れただけならば納得がいった。射撃は苦手だし(かといって他に何か得意と言えるものがあるわけでもないが)、頭の中は怒りの感情に支配され、冷静に照準を合わせたわけじゃないから。それでも、男に当たらなくとも、男の背後にあるガラスぐらいは割れるだろうと思っていた。いくら炎の力が弱いといっても、防弾ガラスを貫く威力は持っている。必死に消えた弾丸の行方を探す綱重に、白蘭はやはり笑って、自身の背後を指差した。
「雷属性の炎でコーティングしてあるんだ。その程度の威力じゃ傷一つつかないよ」
「……雷属性?」
 聞き慣れない単語を耳にし、思わずおうむ返しに尋ねていた。
「そう。……ね、知らないことが多すぎると自分でも思うだろう? 一つ一つ教えてあげるから、ほら、そこのソファーに座って話そう」
 それに対する綱重の答えは、再び銃口を向けることだった。
 窓ガラスが何かで防御されていることは理解した。だが狙いは窓ではないのだから関係ない。基本を思い出しながら、しっかりと銃を構えた。横向きに立ち、肩のラインに沿って標的を見つめる。銃を持つ右手の手首を左手で支えて。何よりも呼吸が大事だ。息を吸って、狙いを定め、息を吐いて――。
 しかし、銃を向けられていることに気づいていないかのように白蘭は平然とソファーまで足を運び、腰を下ろした。その間に引き金を引くことも出来たが見送った。男があまりにも平然としているので、心に戸惑いが生まれてしまった。これでは撃っても当たらない。
 白蘭が笑う。怖じ気づいたのだろうと己を嘲笑っているように見えたのは、綱重の被害妄想か。
「……『撃ったのは威嚇の為で、わざと狙いを外してくれた』……とは思えないんだよねえ」
 軽く首を傾け白蘭が言った。綱重は、ぐっと奥歯を噛み締めて動揺を押し留める。
「銃って好きじゃないから詳しくはないけれど、そんな僕でも引き金を引くときに目を逸らしたらダメだってことくらい解るよ」
「それがどうした」
 複数の家庭教師からどれだけ言われても直らなかった悪癖を今更指摘されてもどうということはない。そう自分に言い聞かせ、綱重は白蘭の前まで歩みを寄せた。白い額に銃口を押し当てる。
「この距離からなら外さない」
「へえ?」
 意外な言葉を聞いたかのように白蘭の片眉が上がる。余裕は少しも崩れていない。
 ――はったりだ、と思う。何か武器を持っている様子はないし、部屋に誰かが潜んでいる気配もない。こちらの動揺を誘っているだけだ。
「綱吉たちはどこだ。全員、連れて帰らせてもらう」
「申し訳ないけど、“御守り”に縋りつきながら脅されても全然恐くないんだよね」
「何?」
「それ、先生に貰った大事な剣、だろ?」
 ハッとして、腰に下がる剣に――いつの間にか剣を握っていた左手に、視線を落としたその瞬間右手を掴まれてしまった。
「は、離せ……っ!」
 上げた声は酷く裏返り、振り払おうとする様子はまるでむずかる子供のようだった。だからか、拘束を解こうとした左手も容易く捕らえられてしまう。目に見えて激しく狼狽しはじめた綱重を落ち着けるように白蘭は優しい声音で言葉をかけた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。まあ、君があの剣帝から指南を受けていたなんて話、信じる人間は殆どいないものね。でも僕はそれが真実だと知っている。師に見限られ、剣の才がないと自覚していても、いつまでも手放せないでいる君の心の弱さも含めて……」
 掴まれた手首がぐいと引き寄せられる。銃を奪われないよう指に力を込めるがそれは要らぬ心配だった。白蘭は銃を奪う素振りは一切見せず、ただ、手の甲に頬を擦り寄せてきた。行為に対してか触れた体温の冷たさの所為か、ざわりと肌が粟立つ。
「熱いね」
 小さく呟くようなその一言が更に綱重の動揺を誘った。
「知ってるよ。何か不安なことがあるとすぐ体調が悪くなっちゃうんだろう。そうすると皆が優しくしてくれるし気遣ってくれる。暫く待っていれば嫌なことも消える――周りが何とかしてくれるから」
 息を呑んだ。いや、そのずっと前からもう、呼吸を忘れていた気がする。息が詰まって胸が苦しい。
 丸く見開かれた琥珀色の瞳が揺らぐのを眺め、白蘭は満足そうに笑う。それでもまだ足りないとばかりに、今の綱重の精神状態を表したかのような乱れた髪、その隙間から覗く耳に、唇が寄せられる。確信に満ちた声が囁いた。
「君は撃たない」
「……な、にを……」
「この距離じゃ撃てない、といった方が正しいかな? この銃を使う理由は、炎の力が弱いからだけじゃないだろう。威力のある弾丸を使えば自分が殺した死体を見ずに済むからだ。弾丸を撃ち込まれた所為でなく爆発に巻き込まれて死ぬ……そんな些細な違いも君にとっては随分大きなものみたいだね」
 何か言い返したいが何も浮かばない。何度か音もなく唇を動かして、諦め、首を大きく横に振る。男の言葉を否定するというよりは、もう何も聞きたくないという意思表示だった。男は、白蘭は、そうと解っていながら綱重を尚も追い詰める。
「ねえ、気付いた? 僕は“ここに彼は居ない”って言っただけで、殺してないとは言っていないんだよ」
「…………ッ、お前の、お前の言うことは! 嘘ばかり、だ……!」
「酷いなあ」
 息を乱し、喘ぐようにようやく紡いだ言葉さえ、たった一言で躱される。苛立ちにぐしゃりと歪んだ綱重の顔に触れる白く大きな掌。小さな子供を宥めるかのように頬を撫でられ、嘘だと思うならそれでもいいよ、と優しく囁かれ、吐き気を覚える。“真実”を信じようとしないこちらが悪いとでも言うのだろうか。
「逆に僕が気付いたことがあるんだけど聞いてくれる?」
「……嫌だ、」
「そんなこと言わずに。君が弟を探す理由をさっきからずっと考えていたんだよ。綱吉クンとそのお仲間が死んだ方が、君には都合が良いはずだろう? 自分だけ十年前に戻せと要求してもおかしくない。けれど君はそうしなかった。全員で帰ると、そう言ったね」
 聞きたくなくとも耳に入ってくる男の声を聞きながら、綱重はふと9代目の穏やかな瞳を思い出していた。あの瞳に見つめられると全てを見透かされるようなそんな気持ちになる。その感覚と似ているような気がしたけれど、考えるまでもなく、この状況は全然違った。9代目はこんな何もかも知っているといった口調で話したりはしない。それに男はまるで見てきたかのように綱重のことを語る。憶測でも、仕入れた情報を本人に確認する風でもなく、まさに事実を言い当てるといった様子で。
 だから、なのだろう。
 このどうしようもない不快感は。
「ボンゴレ9代目は穏健派だ。後継者もそうであるよう望んでいる。人を殺すことの出来ない優しい人間――綱吉クンが行方不明になったとして次にボスに選ばれるのはザンザスくんじゃなく、君だ」


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