No more love

*オリキャラ視点


 溜め息混じりの礼に続けて、どうしてこんな目に、と嘆く声に「自業自得だ」とはっきり言ってやる。
「“割りきっているのはお前の方だけだ、彼女たちはそうじゃない”――俺が何度そう忠告したと思う?」
「ああ、まったくお前は正しかった、何もかもな!」
「怒るなって。それにしても、あれだけの数の女から同時に求婚されたのはお前が初めてじゃないか? ……フフッ」
「可笑しいか?」
「可笑しいね、何もかも」
 いつも澄ました顔をしたコイツのあんな焦った顔が見られるなんて。クックッと堪えきれない笑いを溢せば、不快そうに眉が顰められる。次いで、来なければよかった、と吐き捨てられた言葉に頷く。
「どうして来たんだ?」
「お前の婚約パーティーだと思ったんだ」
「……俺の?」
「ああ。アルボーレファミリーから招待状が届いてると聞いてすぐに思い浮かんだのがお前の顔だった。まさか兄の方から送られてきたとは思いもしなかったのさ」
 というか、俺に兄貴がいること、覚えていなかったんじゃないのか?
 ボンゴレの10代目候補だったコイツは、交流を持つ相手を厳格に選別していた。コイツにとって使えるか、そうでないか。ボンゴレの同盟ファミリーの中でも結構な規模を誇る俺たちアルボーレファミリーは当然“使える”方だ。本来なら兄貴と交流を持つところだろうけど、うちのファミリーを継ぐのは、兄貴じゃなくて俺だと言われているからか、選ばれたのは俺の方だった。
「まあ、兄貴も、あれでいて良いところもあるんだぜ。腹違いの弟に最初から優しかったりな」
「……、悪いことをしたと謝っておいてくれ」
 ――ああそうだ。
 俺は、コイツのこういうところに弱いんだった。
 表情は変わらないくせに僅かに瞳の中に過る感情。それに気づいたとき“ボンゴレの名に胡座をかいて偉そうにしてる嫌なやつ”という第一印象は飛んでいった。そして絶対に近寄らないと思っていたコイツに、俺の方から話しかけていたのだ。
「いや、今夜のことは兄貴が悪い。婚約者の過去の男を呼びつけて、見せつけてやろうなんて浅はか過ぎる」
 知っていたら止めたんだが……。
 彼女の方は本気でも、向こうはそうじゃなかったぞ、と。
 案の定、悔しがるどころかしれっとした顔で祝いの言葉を述べたコイツに、彼女の方が再燃しちまった。
『私を連れて逃げて! まだあなたのことを愛しているの!』
 それに触発されたのか、父親や連れの手を振り払い、次々に告白をはじめる女性たちが現れて。
『彼と結ばれるのは私よ! お父様が何と言おうと私は彼と結婚する! ボンゴレのボス候補じゃなくてもいいの! あなたが好き!』
『ふざけないで! アタシが誰よりも彼を愛してるんだから!』
『貴女たち、何を勘違いしているの? この子を困らせるのはやめてちょうだい』
 そうして壮絶なキャットファイトがはじまったのだ。本当に凄かった。まだ女たちの声が耳にこびりついてるほどだ。
「ところでお前、どうする気だ? 今夜は俺の機転で逃げられたけど」
 機転というほどでもないか。単に、口汚く罵って会場から引きずり出してきたというだけだ。(自分より怒り狂ってる人間を見ると人は冷静になれるものだ。案の定、女たちの連れは、振り上げた拳の行き先に困っていた)コイツは必ず嘘だと見破ってくれるからな。安心してどんな言葉でも並べられた。
 ……えーと。超直感とやらで、彼女たちの想いにも気付けたんじゃないのか?
 まったく。10代目候補でなくなった自分には何の価値もないと本気で思い込んでやがって。そりゃ、お前を“ボンゴレの10代目候補”としか見てなかった奴の方が多いだろうな。でもそんなの関係なくお前の側にいた奴もいるってことをコイツは知るべきなんだ。
「言っておくが」
「ん?」
「僕は彼女たちに“好きだ”とか“愛してる”とか言っていないからな」
「でもヤッたんだろ?」
 ぐうの音もでないらしい。額を押さえて俯いてしまった。数秒の沈黙のあと、急にパッと顔を上げて。
「責任はとる」
「全員と結婚する気か?」
「馬鹿か。きちんと話をして納得してもらうんだ」
「話?」
「愛してる人がいる、と話す」
「……この期に及んで嘘はどうなんだ」
「嘘?」
「“嘘”なんだろ?」
 何を言ってるんだ?という、きょとんとした顔に見つめられ、驚愕する。
「おま……マジかよ!?」
「っおい、」
 思わず強く肩を掴んでいた。痛いと訴える声にも構わず前後に揺さぶる。
「だ、誰だ? 俺の知ってる奴か!?」
「ちょ、落ち着けよ、」
 落ち着いていられるか! ずっと特別な人間を持とうとしなかったコイツが“愛してる”だぞ!? 有り得ない。有り得なさすぎる。キャバッローネあたりはもう知っているのだろうか。

 カチャ――俺の昂った心に冷や水を浴びせたのは、そんな小さな音だった。
 後頭部に銃を突き付けられるまで、その存在に気づかなかった。掴んでいた肩から手を離し、顔の横に掲げる。どちらが狙いだ。俺か、コイツか。それとも両方か。体を強張らせる俺とは対照的に、目の前の顔は、緊張感のかけらも感じられない表情を浮かべていた。小さな子供みたいに目を丸くして、
「どうしてここにいるの?」
「眼鏡の女に聞いた」
「オレガノさんに? それで迎えに来てくれたのか?」
「来て正解だったな」
 地の底を這うような低い声が言うやいなや、背中に強い衝撃が加えられ、俺は地面に膝をつく。違うんだ、と焦った声が、背後の男に訴える。
「彼は僕を助けてくれたんだ」
「助けてるようには見えなかった」
「……っ、それは……後でちゃんと説明するから。アルボーレファミリーの後継者だよ。怪我させたら問題になる」
「んなもん知るか」
 コォォ……という音がした。思わず振り向いた俺は、ヒッと短い叫び声をあげる。
 予想通り、いや予想以上に、男は、凶悪な顔つきをしていた。顔に走る痛々しい傷跡、血のように紅い眼。手には炎が灯っていて、一目で物凄いエネルギーであることがわかる。
「ザンザス!」
 男の腕にしがみつく体。小さくはないはずなのに、男と比べたら至極頼りない。簡単に振り払われて……殺されてしまいそうだ。立ち上がり、男から彼を引き離そうとした俺は、次の瞬間、固まった。
 重なった唇。
 ぐいっと引き寄せるように男の頭を抱え、爪先立ちになりながら。
「……ちゃんと僕の話聞いて、ザンザス」
 自分から口付けただろうに、耳まで顔を真っ赤に染めている。潤みきった瞳で男を見上げるその姿に絶句する。
 ――誰だ、コイツ。
 さっきまで俺の前にいたのは、女にキスされようが何されようが眉ひとつ動かさない、ムカつくくらいクールな男なはず。こんな初で可憐な少女のような子がどこから出てきたっていうんだ?
「ベッドの上でなら聞いてやる」
「わっ」
 男――ザンザスは軽々と少女もとい青年の体を抱き上げ、俺をギロッと睨んだ。
「かっ消されたくなかったら二度とこいつの前に現れんな」
「な、何言ってるんだよ!」
 ギャーギャー言いながら去っていく二人の後ろ姿を呆然と見送る。


「……愛してる人って……ええええー……?」

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