違う世界へ(0-1)
「来るな!」
バジルに向かって叫ぶ。床に広がるオレンジ色の液体のギリギリ手前で、少年の足が止まる。
「若、」
「大丈夫だ。体に変化はない。……水を取ってくれ」
バジルは頷き、近くの机にあったペットボトルを投げて寄越した。
「シャワールームが向こうにあったよな」
ペットボトルの水で頭部についた液体を洗い流しながら尋ねる。突入前、頭に叩き込んだ図面には、確かそう書かれていたはずだ。
ラルが、シャワールームに続く道を作ってくれた。
机や、椅子、倒れている者たちがどかされていく。死んだ振りをしていた研究員の一人は、退かされる前にひいひい言いながら僕から離れていった。それを見て不安になったけど顔には出さない。逆に笑みを浮かべて、ラルを見る。
「悪い」
「いいから早く行け」
いつもなら、まったくだ!とか、未熟者が!とか、罵倒されるところなのに。
更に不安になるけれど意地でも笑顔は崩さない。
最短ルートを通り、シャワールームに向かう。何も触れないように。出来るだけ“汚染”を広げないように、気をつけながら。
「駄目だわ。データは全て暗号化されていて、すぐには解読できそうもない」
そんなオレガノさんの声が聞こえ、ターメリックの怒鳴り声が続く。
「おい!」
「わ、私は何も知りません! 言われるがまま作業をしていただけで、わ、わかるのは、博士だけですぅっ!」
情けない声をあげているのはさっきの研究員だろう。
「若……」
「大丈夫さ。ただのオレンジジュースかもしれないだろ」
バジルの声に冗談混じりに応える。
だって不安になろうが、苛立とうが、状況は変わらないんだから。
全身をぐっしょり濡らすこの得体の知れない液体を流すため、僕は足を早めた。