蝶の行方を知っているか

*1059bsrとのクロスオーバー


 部屋は見たこともない物たちで溢れていた。
 ギヤマンの向こうは夜闇が広がっているのに、何故かこの場は昼のように明るい。
 そんな不可思議な場所で大谷は目を醒ました。南蛮物と思われる寝台の上、驚くほど柔らかい布団に包まれた状態で。

 目の前に立つ少年曰く、大谷は突如宙に開いた穴から落ちてきたらしい。
「やれ、説明せよと言われてもな。どうしてこうなったかなどわれにもとんと解らぬ」
 己は死んだはずだった。
 こんな訳のわからぬ場所ではなく、地獄に落ちるはずだった。もしかすると、ここが地獄なのだろうか。
「記憶がないわけではないだろう。どこから来たのか、貴方がどういう人間か、聞かせて欲しい」
「こことは似ても似つかぬ場所から来たとしか言えぬわ」
「どれだけ長くなっても構わない。時間ならたっぷりある」
「……。……あい、わかった」
 大谷の操る言葉は少年にはしばしば理解が難しかったようで、「それはどういう意味か」と何度も話の腰を折られたが、大谷は丁寧に噛み砕いて説明しながら続けた。
 粗方――小姓として豊臣に召し抱えられた時分から始まり、天下を二分する戦に至るまでのあれこれ、鬼の槍に貫かれた最期まで過不足なく――話し終えると、
「ヨシツグはとても頭が良いんだな」
 少年はそう感嘆の息を吐いた。最初に名乗ってあったとはいえ、まさかこれほど気安く呼ばれるとは思わなかった大谷は目を見開いた。
 そして彼は、続けられた言葉に更に驚くことになる。
「先の先まで読み、どんな状況にも対応できるよう策を巡らせて、最後にはちゃんと望むものを手に入れた。素晴らしい手腕だ」
「何を言う? われは負けたのよ。われの望む不幸は、われ以外には降り注がなんだ」
「“ミツナリ”を生かしたじゃないか」
 きょとんとしながら。
「トクガワとチョウソカベはミツナリを守るだろう。それは、ヨシツグにとって悪い結果じゃない。自分が死んでも、全ての罪を被っても、ミツナリが生きてさえいれば構わないんだ」
 言葉を失った大谷を気にするでもなく、少年は鮮やかに微笑んだ。
「納得したよ。だからヨシツグは“どうしてこうなったかわからない”と言いながらも全然慌てていなかったんだってね。帰る方法を考える必要はない――もう帰る場所がないから。ミツナリの隣に、帰るわけにはいかないから」
 幼子特有の真っ直ぐで残酷な言葉たちは、大谷を傷つけはしなかった。傷つく心などとうに在りはしない。
 けれども酷く驚かされたことは確かだ。先の話から大谷と三成が友であったなど読み取れるはずがない。三成から全てを任されていたことは話したが、その前に三成がどれだけ視野が狭く愚直な男か説明したため、二人の親密さを示唆するものになりはしないはずだった。全て計算して、話したのだ。
 あの稀代の軍師に次ぐ悟性と謳われた大谷が。あの覇王をして、百万の軍勢を指揮させてみたいと言わしめた大谷が。
 ――見透かされた。短時間に。何もかもを。
「ヨシツグ。今度は逆に、僕の話を聞いてくれないか? 疲れていなければだけれど」
 控えめな要求を断る言葉も今は思い付かなかった。


「つまり、ぬしはその“ざんざす”という男を“ぼんごれ”家の跡目に据えたいと」
「……据えたいんじゃない。ボンゴレは彼が継ぐべきなんだ」
 むっつりと言い切った少年は、友と――未だそう呼ぶことを許されるならば――大谷が唯一友誼を交わした男と、同じ眼をしていた。主君を神のように崇め、主君のためだけに生きたあの男と。
「ザンザス以上に相応しい人間はいない」
 その名を口にする瞬間だけ、瞳が輝く。
 琥珀色のそれに見慣れた翡翠が重なった気がした。良く言えば一途だが、狂気じみているとも言える煌めき。
「ここでの生活は保証しよう。その代わりに僕を手伝ってくれないかな?」
 口調は柔らかでも、瞳は“拒否することは許さない”と言っている。

 そうして大谷は、己が何故この世界に落とされたのか、ようよう理解したのだった。

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