転生トリップ成り代わり

*ツナ成り代わり


 覚えているのは、目前に迫ったトラック。そして運転席に座るおじさんの赤ら顔が驚愕と恐怖に引き攣っていたこと。
 最期に見た光景がそれだなんて、人生とは無情だ。でも、轢かれた瞬間の衝撃と痛みを覚えていたかったわけじゃないから、そう考えれば捨てたものじゃないのかもしれない。――こうして第二の人生も始められたわけだし。
 色々腐ってはいたものの正真正銘“女子”高生だった私の現在の性別は男である。
 名字は沢田で、父の家光と母の奈々からつけてもらった名前は綱吉。あだ名は勿論“ツナ”だ。
 まだ死ぬ気にはなったことがない。その予定もない。


「ツっ君、それじゃあ日曜日にね」
「う、うん! たにょ、楽しみにしてるっ」
 ああっ、何でもないところで噛んだ!
 やっちゃった、と泣きそうになる私にけれど京子ちゃんは優しい微笑みを向けてくれる。
「バイバイ」
「ば、バイバイ……っ」
 うわあああ京子ちゃん可愛い! 京子ちゃんマジ天使! 心をポカポカあったかくしてくれる天使の笑顔サイコー!!!
「…………“たにょしみにしてるぅッ”」
「うわっ、なんだよ黒川!」
 振り向くとそこには、ニヤニヤ顔の黒川花がいた。
「デートなんてやるじゃん」
「デートじゃなくて、ただケーキ一緒に食べに行くだけ! 駅前のカフェのケーキがすごく美味しいって聞いて、でも男が一人で行くのは恥ずかしいって言ったら京子ちゃんが誘ってくれて……っつかお前、京子ちゃんが“花と昇降口で待ち合わせしてる”って言ってたぞ、何してんだ、早く行ってあげろよ!」
「わざわざ二人で話す時間を作ってあげたんでしょうが。感謝しなさいよ」
「そんなの頼んでな、いでで!」
 黒川が、いきなりぎゅううっと私の左耳を引っ張り上げた。
「あんた、いま京子が剣道部の主将に言い寄られてること知らないの!?」
「し、知ってるけど、」
 これから坊主になる持田先輩でしょう。いや、坊主にはならないか。あと未来で行方不明になったりもしないんだ。だって赤ん坊の家庭教師なんて現れるはずがないから。
「だったら! そんな悠長にしてないで、もっと京子にアピールしなきゃ! あのこ天然なんだからね!」
「京子ちゃんはその天然なところがかわいい、っぐへえ!」
 今度は頭を叩かれた。それもグーで。
「私が言いたいのは、はっきり告らなきゃ京子は気付かないってこと! 同級生のよしみで、あんたを応援してあげてんだから。しっかりしなさいよ」
「……」
 別に私は京子ちゃんと付き合いたいとか、そういうのはないんだけどな〜。確かに京子ちゃんは可愛いけども。
 あれがいけなかったんだと思う。入学してすぐ、隣の席に座っていた(“ささがわ”と“さわだ”だからね)京子ちゃんに向かって「友達になってください!」と大声で申し込んだのが。
 だって京子ちゃん超絶可愛いんだもん。そりゃ友達になりたくもなりますよ。私が“沢田綱吉”だからそう思うのだろうか? いや、普通に京子ちゃんが天使だからだ。
 ともかく、以来、うちのクラス内では、私こと沢田綱吉は京子ちゃんにLOVEだ!という認識なのである。でも残念ながら私の中身は女の子なので、京子ちゃんへの好意はあくまでLIKEの範囲内だ。
 ちなみに、だったら男と付き合いたいのかって言われるとそれもちょっとって感じだったりする。精神的レズか、肉体的ゲイか。究極の選択だ。いくら元腐女子と言えど、自分がそうなるのはあんまり考えたくないんだよね……。
「じゃ、頑張りなさいよ!」
 好き勝手言い終わると黒川は去っていった。小さく溜め息を吐いて、途中だった帰り支度に戻る。
「じゃあな、沢田」
「おー」
「ツナ、また来週」
「またなー」
 クラスメイトと挨拶をかわしながら帰路につく。途中でランニング中の野球部とすれ違い、山本と手を振りあった。

 私のことをダメツナと馬鹿にする人間はいない。
 それほど頭が良いわけじゃないけど赤点は取ったことがないし、スポーツでも凄い活躍をするわけじゃないけど一緒のチームになるのを嫌がられたりはしない。友達だって多い方だ。日曜日にはあんな可愛い子とケーキを食べに行くし。とにかく毎日を楽しく過ごしている。
 だから。

「――家庭教師なんか必要ない! いらないよ!」
「でもほら、ツっ君は数学が苦手でしょ?」
「に、苦手だけど、ちゃんと平均点以上はとったじゃん!」
「……母さんね、ツっ君ならもっとやれるって信じてるの!」
 なにそれ! 奈々さん、いつからあなた教育ママになったんですかっ!
「とにかく家庭教師だけは絶対に嫌だから! どうしてもあれなら塾に行くよ、友達が行ってるとこ。だからそんな怪しいチラシは早く捨ててね!」
「でももう電話しちゃったし」
「はあああ!?」
 私が大声をあげるのと同時だった。
「ちゃおっス」
 ボルサリーノ、高級スーツ、黄色のおしゃぶり、くるりんと弧を描いたもみあげ――現れた最強の赤ん坊は、原作通りに挨拶をした。


 まあね、来るならそろそろじゃないかとは思ってましたよ。でもどうせ来ないだろうと安心してたんだ。それは私がダメツナではないという理由の他に――
「もしもし、兄さん!?」
 そう。この世界の沢田綱吉には“兄”がいたからだ。養子とかじゃなく、正真正銘、沢田家光・奈々夫妻の第一子。
 兄は、父と同じであまり家に帰ってこない。海外留学しているということになっているが、本当はイタリアで10代目候補として教育を受けていることを私は知っている。
 だって見ちゃったんだ。兄さんが、家に遊びに来たおじいさんに「9代目」って呼びかけて後で父さんにがっつり怒られてるのを。それから、庭で一人、死ぬ気の炎を灯している姿も……あのときの感動といったら言葉にはできない。物陰から見ていると気付かれないよう、沸き上がる興奮を必死で抑えたのを覚えている。
 本当に嬉しかった。
 ああ、私が10代目になるわけじゃないんだ。風紀委員長に咬み殺されたり、幻術を使う脱獄犯と死闘を繰り広げたり、暗殺部隊と争奪戦したり、十年後の未来で何度も死にかけたり、全身の骨を粉々にされたりしないんだって、そう思っていたんだ。なのに。
「なんか変な赤ん坊が家庭教師だとか言ってて、それからマフィアがどうとか……!」
 現在の“綱吉”が知らない事実を口にしないよう、言葉に気をつけながら、電話の向こうに必死に訴える。
「落ち着いて、ツっ君」
 無理です、お兄さま! 私の頭の中では今、原作の痛い恐い辛いシーンが走馬灯のように駆け巡ってるんだぜ……!
 大体、私が死ぬ気弾で撃たれたら間違いなく死ぬって。ユニちゃんの予言とかそういうレベルじゃなく、これから起きること全部わかってるんだから。そんな余裕のある人間が死ぬ気状態になれるわけがない。
 あーやだやだ死にたくない!
「大丈夫。兄さんが何とかしてあげるから」
 ほ、本当に? 電話しといてなんだけど、何とか出来るなら、そもそも家にアルコバレーノが来ることはなかったよね?

 私の不安は、半日と経たずに吹き飛んだ。

 ――母さんには僕が伝えておくから。必要なものは全て手配しておく。手ぶらでおいで。
 おいでって何? え、イタリアに? パスポートとか持ってないんですけど…と考えつつも言葉に頷いた一時間後には、「ワタシはお前の兄貴のトモダチね!よろしくだよ!」と陽気に笑う謎の外国人の運転で空港に向かっていた。そして沢田綱吉とは一文字もかすらない名前が記載されたパスポートでイタリアに飛んだ私は。
「う゛お゛ぉい! お前が沢田綱吉だなぁ!」
「しししっ。ただのガキじゃん。これマジで10代目候補なのかよ?」
 暗殺部隊の出迎えを受けたのだった。


‐‐‐‐‐
一度書いてみたかった成り代わり。満足しましたー^^
なおこのあとは、兄から色々話を聞いた弟が超直感ならぬ腐女子センサー発動。
「(二人の仲を)応援するよ!」
「うん、一緒に頑張ろう!(ザンザスを10代目にするために!)」
という流れで兄弟同盟が組まれるのでした。

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