すっきりした朝


朝のホームルーム前

扉を開けて教室に入ると、既に何人か人が居て教室は少し賑わっていた。一緒に来た結希と別れて各々自分の席に向かう。自分の近くの席の人に挨拶をしつつ、目当ての友人を探すためにもう一度教室内を見渡す。
あ、いた。
探していた友人、もとい桐崎は自分の席で誰かと話しているようだった。
後頭部に寝癖を付けているけど、気付いていないのだろうか。
その姿を確認してから、自分のリュックから必要な教科書や筆記用具、それと桐崎から借りた本を入れてある袋を取り出す。教科書類は必要なもの以外を机の中にしまって授業の支度は完了。あとは、忘れないうちに借りた本を返すだけだ。
桐崎の席に向かうと、桐崎と同じ陸上部の佐渡くんと二人で変わらず話をしていた。陸上部は今日も朝練をしていたようだし、その関係の話でもしていたんだろうか。
私は本を渡すだけだし、邪魔をしないように早く済ませてしまおう。

「桐崎、佐渡くん、おはよ」

「ああ、おはよう」

「おっはよ。そんじゃ、俺は邪魔しねぇように席戻るわ!ごゆっくり〜」

「は」

「え、ちょっ」

邪魔をしないようにと思った矢先に何故か佐渡くんはそそくさと席に戻ってしまった。その後、少しの間を開けて桐崎が呆れたように言う。

「……あー、あいつのことは気にするな」

「え、でもさっきまで何か話してたけど、良かったの?」

「良いんだよ。で、どうしたんだ?
何か用があって来たんだろ」

「ああ、うん。
借りていた本を返しに来たんだ。
これ、ありがとう。すごく面白かった。」

少し罪悪感があるけど、話していた本人が気にするなと言っているし、佐渡くんのことはとりあえず置いておこう。
気を取り直して桐崎から借りた本の話をする。話す時間も増えたことだしね。

「良かったな。じっくり読めたか?」

「うん。お陰さまで。
返すのが遅くなってごめん」

「それは俺もお前からCDを借りることで良しとしただろ。現に俺はまだ借りたままだし、気にするな」

「そうは言われてもなぁ……。まぁ、そのことは気にしないで。私は音楽プレーヤーにも入れてるから、ゆっくりで大丈夫だよ」

「あぁ、ありがとう。
そう言えば、本の内容はどんな感じだったんだ?
さっき面白かったとは言っていたが」

そう訊かれて読んだ内容を思い返すと、読んでいたときのワクワクとした気持ちも一緒に思い出した。

「ネタバレになるから詳しいことは言えないけど、読めばすごく驚くよ。この本のシリーズはいつも犯人を推理してみてるんだけど、今回は難しくて……」

「俺もよく推理はするが、伊織が言うなら今回はそんなに難しいんだな。
読むのが楽しみだ」

「詳しい感想を話したいから、読み終わったら教えて。
友達にこのシリーズ読んでる人が桐崎しかいなくてさ……」

「良いぞ。なら早めに読む必要があるな。CDも明日には持ってくるから、少し待っていてくれ」

「いや、本もCDもゆっくりで良いってさっき話したばかりでしょ」

「そうだったか?」

「そうだよ。まったく……」

桐崎に悪戯っぽく笑われて少しばつの悪い顔をしてしまう。確かに私は出来れば早く本の感想とCDの感想も話したいと思っている。だから、私の考えを見透かしてかそんなことを言われると気恥ずかしくなってしまう。

ツボに入ったのかまだクスクスと笑っている桐崎の後頭部にある寝癖を掴んでやろうかと考えていると、何かを察したのか話題を変えてくる。

「あぁ、そうだ。友達と言えば。
最近、昼休みに別の場所で飯を食べてるようだが。
何かあったか?」

「何かあったも何も、友達と別の場所で食べてるだけだよ」

この話題が来るとは思わなかったから驚きはしたものの、さっきまでの話題を引きずるように少し不機嫌な声音で返答する。嘘も言ってないから大丈夫だろう。

「兎倉は教室で食べてるみたいだが、別のクラスの奴か?」

「まぁ、そんなところ。
と言うか、大抵 学食の方でご飯食べてるのに何で知ってるの」

「あぁ、それは」

と言いながら、桐崎は身体を捻って後ろの方を向く。桐崎の視線を追うと佐渡くんが居た。こちらに気付いて笑顔で手をぶんぶん振ってくる。彼は糸目だから目元だけを見ると何となく笑っているようにも見えるけど、今は口角も上がって楽しそうな笑顔になっている。
軽く手を振り返してから桐崎に聞く。

「佐渡くん?」

「そう。さっきそう聞いて珍しいと思ったからな」

「そっ、かぁ」

今は教室にいる人が多いから本当のことは言わずに誤魔化そうと、内心ドキドキしながら話をしていた。けど、佐渡くんの様子と桐崎を見たら気が抜けてしまった。

「それじゃあ私もそろそろ席に戻るよ。
本、ありがとうね」

「あぁ。感想は少し待ってくれ」

「待ってる。それと、」

我ながら意地の悪い笑顔を浮かべているだろうと思いながら、さっきのお返しに桐崎の頭の寝癖をワシャっと撫でてこう言ってやる。

「寝癖。あとで直せば?」

桐崎の表情は本人の長い前髪で見えないけど、呆気にとられているようだった。
もう一度それじゃあと言って自分の席に戻り、授業で使うものをもう一度確認する。子供のようなことをした自覚はあるけど、まぁ良いか。
程なくしてホームルームのチャイムが鳴り、私はすっきりした気持ちで今日の授業に臨むこととなった。



佐渡(さわたり)くん
…糸目。桐崎と同じ陸上部。お昼ご飯は大抵教室で食べているけど、たまに学食にも行く。
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