放課後はいつだって
放課後。
部活の無い日は結希と一緒に帰っている。今日あったこととか次の部活では何をするのかとか、授業と宿題のどこが嫌だとか、他愛もない話をしながら帰る。いつもであれば寄り道せずに帰るけど、今日は結希から駅の中にある喫茶店に寄ろうと言われる。何でも初夏の新作スイーツが出てるんだとか。
「いくつか種類があって、どれにするかはまだ決めてないんだぁ」
「どんなやつがあるの?」
「柑橘系のフルーツがぎっしり詰まってるタルトとか、さくらんぼのムースとか、他にも色々!」
「へぇ、美味しそうだね」
これから食べるスイーツを想像してみる。柑橘系であれば程よい甘味と酸味で美味しいんだろうし、ムースなら滑らかな甘いクリームが舌に蕩けるだろうし。……想像したら口の中に唾液が広がってきた。
「そーなの!!いおりんの好きそうなやつもあったから、行ったら分け合いっこしよう!」
「それを頼むかどうかはまだ分からないけどね」
「あ、それ選ばなくても分け合いっこするのは確定だから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだよ」
苦笑いしつつ結希を肘で小突いた。分け合うなら結希の選ぶやつも少し貰えるだろうし、まあ良いかと思う。
━━━━━━━━━━
喫茶店に着き、注文を頼み終わる。ケーキと飲み物が運ばれてくるまでの間にお手洗いを済ませて、結希がいる2人がけの席まで戻った。おかえりーと声をかけられて、それに返事をしようとした。その矢先に、結希が何かを思い出したようにあっ、と声をあげる。
「そうだ。
そういえばお昼はどこ行ってたの?」
「え、昼は、……あっ」
今度は私が間の抜けた声を出す番だった。午後の授業を挟んで、喫茶店の話もしたせいかすっかり頭の中から抜けていた。当の本人が忘れているのによく思い出したな。
焦っている間にも、結希は疑問符を浮かべながらこちらをじっと見てくる。結希から聞かれたら話そうと決めてはいたものの、少し話しづらい。
「お待たせいたしました。オレンジのフロマージュと珈琲のお客様は」
「あ、はい。私です」
どうしようかと考えていると、注文してたものが運ばれてきた。店員さんありがとう、ナイスタイミング。続けて結希の方にもケーキと紅茶が差し出される。結希は歩いている時に話していたフルーツタルトと紅茶だった。
「では、ごゆっくりどうぞ」
ありがとうございます、と二人揃って店員さんにお礼を言ってケーキに向き直る。結希は瞳を輝かせて、うわぁ〜とか美味しそう〜と言っている。
「さっきの話だけど、食べながら話すよ」
「おっけぃ!それじゃあ、頂きます!」
「いただきまーす」
それぞれが頼んだものを食べたり、互いのケーキを分けたりしながら事の次第を少しずつ話していく。黒崎と一緒に弁当を食べたこととその理由、そしてこれからたまに昼ご飯を一緒に食べるかもしれないことも。ついでに黒崎が少食すぎることも話した。
思い返してみると、見た目が綺麗で取っつきにくく感じるだけでやっぱり話しやすかったな。話してる途中で、結希から良いなー、羨ましいぃとか言われたり、えっ、そうなの!?意外だなぁ……とかしみじみとされたりした。
「うーん、羨ましいけど、いおりんだったからご飯誘ってもらえたんだろうし……」
んー、とさっきの幸せそうな顔から一転して、唸りながら紅茶のカップをいじりだす。
「一人くらいなら増えても別に大丈夫だと思うよ。本人の確認は必要だけど」
「そう思うし、そうしたい、ん、だけどぉ」
紅茶を溢さないように、ずるずるとケーキの皿とカップを私の方に押し出すと同時に机に突っ伏して、また唸る。揺れたせいで残っていたタルトがぽとり、と横に倒れた。行儀が悪いぞ、と結希を嗜めるも んぅ、と呻きに似た生返事しか返ってこない。
確か、黒崎君にプリントを渡した日もこんな感じに悩んでいた気がする。今日ほどではないけれど。結希は人見知りはしないけど憧れている人や格好いい人を前にするとぎこちなくなる。昔から見てきたけど、その都度 時間が経つにつれて慣れていった所も見てきたから。だから大丈夫だとは思うんだけどな。
1つ息を吐いて、自分に寄せられたケーキの皿を見て、フォークを掴む。
「そんな風にしてるんだったら残りのタルト、全部食べるからね」
「待ってまだ3分の1も残ってるのにひどい!!」
「んじゃほら、戻して戻して」
「……はぁ〜い」
目の前の幼馴染みは、私の言葉を聞いた途端にバッと顔を上げ、いそいそと皿とカップを自分の方に引き戻していく。私は、掴んだフォークはそのまま手元のケーキに向けて最後の一口をじっくり味わった。美味しい。珈琲を飲んでから結希の方を見ると、また幸せそうな顔でタルトを頬張っていた。
「んんー、おいひぃ」
「ん、良かったね」
「うん!……とりあえずお昼のことは黒崎君と話すようになってからにする」
「お、頑張るのか」
「そうだよ!いおりんだってお話しできたんだし、私も他の子みたいに話しかけてみる!
迷惑にならない範囲で!」
「ははっ、確かに。それは大事だ」
いつもの調子に戻った結希に安堵しつつ、一呼吸置かれて言われた言葉に笑いを漏らす。
この後も黒崎君について少し話したり、また世間話をしたりと、つい喫茶店に長居をしてしまった。喫茶店を出て、帰路を辿る間も変わらず賑やかで楽しい時間を過ごした。