それは気になる


弁当の準備もでき、“いただきます”と言って早速食べていく。購買のおにぎりを一口、二口咀嚼し、弁当箱の方の野菜もつつきながら、たまにパックジュースを啜る。残りの昼休みの時間が若干少ないから、いつもより早めのペースで食べていく。
私の斜め向かいに座っている黒崎君の方をちらっと見るとトマトジュースを啜りながらスプーンの包装を片手で開けていた。器用だな、と一瞬思ったけど、黒崎君の目の前の机にプリンしかないことを認識してしまった。その量で男子高校生の胃って満たされるのか、いや確か桐崎が前に昼休みに食堂の方で大盛のラーメンとおにぎり二つを食べてた気がする。もしそれが食べすぎだったとしても他の男子は大盛ラーメンだけとか大きめのパン二つとか、とにかく多めの量を食べてた気がする。
それに比べると黒崎君の食べる量が圧倒的に少なくて心配になってきた。おにぎりをまた一口咀嚼しながら私の弁当のおかずを分けた方がいいのか、と考えていると、困り気味の声で黒崎君に聞かれる。

「あの、さ。岬さんはこの状況気まずくない?」

……何のことを言われたのかよく分からない。ただ、今考えていることと照らし合わせて今の発言を分析すると、結論が私の弁当を分けてほしい、と言うことになる。まあ、今までほとんど黒崎君と接点が無かった私に対してそんな図々しいことはしないと思うから、それは無いかと思い直す。咀嚼していたものを飲み込み、黒崎君に何のことか尋ねる。

「だって、この教室来て少し話した後からずっと俺達無言じゃん。気まずくない?」

「そうだっけ。全然気にしてなかったけど」

「えっ」

心底驚いたような表情をされる。確か猫とかが驚いたときの顔ってこんな感じだったな、と思いながらパックジュースを啜る。

「もともと静かに食べたかったんでしょ、黒崎君は」

「……確かにそうだけど」

「なら別に気にすることはないんじゃない?」

「いや、一緒にいるのに話しかけられないって意外と気になるものだよ!」

あー、そういうことか。黒崎君のご飯の量について考えていたから全く気にならなかったんだけど。でも、やっぱり他の女子達を撒いてまで静かに食べたいなら、別に話さなくても良いんじゃないかとも思えてくる。

「せっかくだから何か話そ」

苦笑いを浮かべて提案してくる黒崎君に頷く。ただ、改めて考えると話題が思い付かない。強いていうなら古典の勉強具合についてぐらいしかないかな。そうして少し考えていると、また黙りこんでしまった私を見かねてか黒崎君から話しかけられる。

「岬さんって他の女の子と違って俺に話しかけてこないけど、何で?」

“俺って結構物珍しい格好してると思うんだけど”、とにこやかに話す。確かに明るい茶髪で青い瞳をしてれば、日本じゃ珍しい。自己紹介の時にハーフだから髪の毛も瞳の色も自前だと言っていた気がする。まあだからと言って、自分が話しかけたいか、そうでないかは別だ。

「確かにそう思うけど、特に興味なかったから」

「……もう少し柔らかい表現は無かった?」

「気を悪くさせたなら謝るけど、事実だし」

「えぇー、ちょっとショックだなぁ……」

また苦笑いをしながら、黒崎君は蓋を開けてプリンを食べ出す。本当にその量で足りるのかな。ぼんやりとそう思いながら私も残りのおかずに箸をつける。
……ピーマンの肉詰めが2つ入ってるし、1つあげるか。

「黒崎君、ピーマンって食べられる?」

「……うん、食べられるけど。
もしかして、ピーマン苦手なの?」

「いや、そういうわけじゃないよ」

そう返しながら弁当箱の蓋を裏返してピーマンの肉詰めを乗せ、黒崎君の前に置く。

「さすがにプリンとジュースだけだとお腹すくと思ったから、良かったら食べて。」

黒崎君は何度か瞬きをした後に私にお礼を言って、素手でピーマンの肉詰めを掴んで食べた。私も気づかなかったのは悪いと思うけど一言言ってくれれば箸を貸したのに。ティッシュを差し出せばジェスチャーでお礼をしながら手を拭いていく。食べ終わってから、大分見慣れたにこやかな笑顔でまたお礼を言われる。

「美味しいねこれ!ありがとね」

「それはどうも。母さんに言っておくよ」

「あれ、岬さんが作ってる訳じゃないの?」

「たまに自分でも作るけど。
母さんの方が料理上手だから、作ってもらってる」

ふぅん、と感心したように息を吐く黒崎君を横目に、部屋に備わっている時計を確認する。あと20分位で授業が始まるみたいだ。早く食べ終わらせようと再びおかずを食べ始める。と、また変な質問をされる。

「そういえば兎倉さん、だよね。
その子にこっちに来ること言ったんだっけ?」

「別の人と食べることになったとだけ言っといた」

「俺と一緒だって言ってないの?」

……本当に、何でこの質問をされているのか分からない。弁当に残っていたおかずの、最後の一口を咀嚼しながら、少し首をかしげる。黒崎君も不思議そうな顔で私の返答を待っているけど。……咀嚼し終わってから答える。

「言ってないよ。
結希には忘れていてほしいけど、もし放課後に聞かれたら言うつもり」

面倒なことになるのは嫌だったし、と付け加えながら弁当箱をしまったり、おにぎりの包装やジュースのゴミをまとめたりする。

「そう、だったんだ。ありがとう」

その声音に少し驚いて私はパッと顔を上げる。安堵したような表情が一瞬見えたけど、またいつものにこやかな顔に戻った。

「……今の話でお礼を言われることは何もしてないけど」

「俺のこと気遣ってくれたのもあって言わなかったんでしょ?素直にありがたいよ」

「……んー。じゃあ、どういたしまして」

そうして私が弁当とかゴミをまとめ終えると、そろそろ教室に戻ろうか、と声をかけられる。

「今日は本当にありがとう。できれば、たまに今日みたいにお昼を一緒に食べてくれると、有り難いんだけど……」

「……早めに声をかけてくれるなら、良いよ。
いつも大変そうだしね」

「あはは、次からはそうするよ!」

苦笑いで話した後、先に教室に戻って良いと黒崎君が言ってくる。次の授業の時間も近くなっていたから急ぎ足で私は教室に戻った。

いつもより慌ただしい昼休みを過ごしたわりには、放課後になるまで、午後の時間はゆったりと過ぎていった。
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