苦労しそうなひと


「いやー、さっきはありがとう。いきなり誘っちゃって、しかもお弁当までこっちに持ってきてもらっちゃってごめんね。」

「別に良いよ。あの状態は流石にキツいだろうし」

苦笑いを浮かべながら話すクラスメイトにそう返しながら手近な椅子に座った。やっぱり理科室の椅子って固いから好きじゃない。けど、人があまり来ない場所と言ったら一般教室棟から離れてる特別教室棟のどこかの教室が一番良いだろうし、鍵が開いていたのが理科室しか無かったから仕方がない。とりあえず昼ご飯の準備をしながら、ここに来た経緯をぼんやりと思い返してみよう。


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「……結希ごめん、ちょっと購買行ってくるから、先に食べてて」

弁当の中身を確認して、おかずしか入っていないことに落ち込みながらそう告げた。“おけおけ!早くおいでねー”と軽い返事を聞きながら購買におにぎりを買いに行った。その帰りに女子に囲まれる黒崎君を発見してしまったのが事の発端。

黒崎君とはプリントを渡した日以降、何か接点があるわけでもなかった。ただ、黒崎君の周りは大抵騒がしいから、そこに少し目を向けることがあるくらいで。
今日も盛大に囲まれてるなぁ、と横目に黒崎君の方を見たら、ちょうど黒崎君と目が合う。とても困ってます!!って目だけで訴えられたけど、私にはどうすることもできない。
心の中で頑張れーと応援し、少しの同情の目を向けて、さて教室に戻ろうかと目線を逸らそうとした時、黒崎君があっ!と大声を出した。
結構な人数に囲まれていても、少し遠くまで聞こえるくらいの声で。

「今日は先約があるから、君らとは一緒に食べられないんだ!ごめんね!」

「岬さん、待たせてごめんね!行こう!」


……うん?よく分からない状況になった。先約があるっていう口実は確かにこの状況から逃げるのに良いと思うんだけど、その次。目が合っただけなのに、逃げるための口実にされるのは正直いい気分はしない。しないけど、近付いてきて藁にもすがるような目で、言われたらどうにも、断りきれない。

「……あ、ぁ。そうだね。うん、行こうか」

さっきまで黒崎君を取り巻いていた女子達と目を合わせないように黒崎君に着いていった。さすがにこの状況はちょっと、鬼みたいな表情で見られてそうだから女子達の方は見れないや。
早足気味で歩く黒崎君に着いていくと、私達の教室へ戻るルートと若干違うことに気づく。不思議に思って“教室で食べる訳じゃないの”と聞いてみた。

「あー、ごめん。できれば教室じゃなくて、特別棟の方でご飯食べたいんだ。そっちまで来てくれる?」

「そっか。いいよ、ここまで来たし」

「ありがとう」

苦笑いをしながらお礼を言ってくる黒崎君に同情しながら、そのまま着いていく。さっきの女子達があれで諦めて各自でお昼を食べるとしても、結局教室に戻ってくるかもしれない。そうなると、たぶん居心地良くお昼ご飯を食べるなんて出来ないだろうから、教室でそのまま食べたくないと黒崎君は言ったんだろう。それに、私もそんな修羅場になりそうなことしたくない。さっきので十分。

ふと、手に持っているおにぎりの存在を思いだし、教室に残してきた結希のことも続いて思い出して、焦る。さっきのことですっかり忘れてしまってた。ひとこと言っておかないと後でうるさくどやされる確信がある。

「あー、黒崎君。
ちょっと友達にこのこと伝えたいし、弁当も忘れちゃったから教室に寄っても良い?」

「……大丈夫だよ!
俺は先に特別棟に向かうから、教室に寄ったら来てね」

さっきよりもある程度落ち着いた様子で黒崎君は言うけど、答える前に少し微妙な顔をしていた。その後すぐに笑顔になったけど、何だったんだろうか。ふと思った疑問は“もうすぐで教室の近くまで行くね”という黒崎君の言葉により、すぐに消えてしまった。
“じゃあ、行ってくるよ”と言って教室に向かった。教室に入り、黒崎君を囲んでた女子がいないことに安堵しながら自分の席に近付く。

「あ、岬さん来たみたいだよ」

「ふぉんふぉふぁ!」

運が良いことに、結希は別の友達と先に昼ご飯を食べていたようだった。それは良いんだけど、口の物が無くなってから話すようツッコミを入れたい。最近は治ってきてたはずなのにな、と思い、少し呆れながら机の上に出しておいた弁当袋を手に取る。

「いおりん、おかえりー。
お腹空いちゃって先に食べてた」

“ごめんね”と苦笑いで謝ってくる結希に、“別にいいよ”と返す。

「私こそ待たせちゃってたしさ。
むしろ、今日別の場所で食べることになったから、ちょうど良かったよ」

「え、どしたの?誰かと約束してたっけ?」

「あー、いや、
そういう訳じゃないんだけど……」

頭の上に“?”を浮かべながらこっちを見てくるけど、今ここで何故こうなったかを言うとまた厄介なことになりそうだから言いたくない。でも嘘を言っても、それはそれで面倒なことになりそうだな。そうなると、

「ごめん、詳しいことは後で話すから!」

「あ、ちょっと!」

困ったら大体これで通じるのですぐに踵を返す。少し通りづらい机と机の間の通路を早足で抜けて、教室の外まで出る。

そうして特別棟の方まで早足のまま行き、理科室の扉の前にいる黒崎君を発見して今に至っている。思い返してみると走ってこそいないものの、忙しない数分、十数分?を過ごしたようだった。
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