お近づきになりたい?


4限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、さて昼休みだと教室中がざわつき始める。例に漏れず私も結希と一緒に昼ご飯を食べるために机の上を片付け、弁当を置いた。

「いおりん ご飯食べよ!」

「おー」

そう言って、結希はいつものように私の前の席から椅子を借りて私の机の上に弁当を置く。結希とは幼稚園からの付き合いだから、ずっとあだ名で呼ばれてるけど、もう少しセンスの良いあだ名の方が嬉しいと思う。まあ、それを本人に言うともっと変なものを考えられそうだから何も言わずにいるけど。触らない神に祟りはないからなぁ。

「いおりんのお弁当、いっつも美味しそうでうらやましいなー」

「ん、へへ。良いでしょ」

「てことで、そのハンバーグ一つ頂戴!」

「嫌だ、物々交換しよ。そのコロッケくれよ」

「冷凍食品のおかずと手作りのおかずは釣り合わないのでダメですー!」

「じゃあ私もあげられないな」

“えぇー!それもやだぁ!”と言い合いをしていると、何かを思い出したみたいにあっ、と結希が声をあげた。視線も私の弁当のおかずから外れて私の方を見て来たから、どうした?と聞いてみた。

「さっき、黒崎君にプリント渡してくれてありがとうね!
渡せなかったらどうしようかと思った…」

「ああ、全然いいよ。
どうせなら自分で渡せば良かったのに」

さっきも言ったけど、と一言付け加えながら苦笑いしている結希に言った。一方的にではあるけど、さっき話してみた感じでは気負わず話せそうな雰囲気だったから、気にせずアプローチやら何やらすれば良いのに。

「だから無理だってぇ!
むしろ いおりんのスルースキルを分けてもらいたいよぉ……」

「スルーしてるつもりはないんだけどね。
……あ、顔を見ずに話せば良いんじゃない?」

「それは普通に失礼だよ!
もー、前からそうだけど いおりんって本当にイケメンに対して興味ないよね。」

「顔の良さって特にどうでもいいしな」

「んー……。
あ!でも黒崎君の中身には興味あるんだね」

「中身って……。
というか、なんでそんな話になるの」

「ふふーん。
さっき いおりんが黒崎君のこと話してた時、よっしー(桐崎のこと)の時と同じ顔してたからね!」

話ながらゆっくり弁当を食べ進めていく。水分が欲しくなってパックのイチゴ牛乳を少し啜ったところで、思いもよらないことを言われた。吹き出しそうになるのをなんとか堪えて、こちらを気遣ってオロオロしている相手に早く返答すべく口の中のものを飲み込んだ。

「んっぐ。……え、そんな顔してた?
まったく何も気にしてなかったんだけど……」

「してたよ!
まあ、黒崎君に限っては女子達の憧れの的だからねー。今日もクラス関係なく女子達にお昼誘われてたし。よっしーの時みたいにすぐに仲良くなるのは難しそうだけどね」

確かに、あの女子達のバリケードみたいな、わらわら集まってる羊みたいな所に自分も加わってまで友人になりたいとは思わない。それに、そこまでして黒崎君と話してる女子は、大体が気が強いというか、そういうことをするのを気にしない性格の人達だから、あまり好んで近づきたくはない。話してみると普通だったりはするけど、首を突っ込んだら面倒なことになりそうって感じだ。そんな人達の中心にいて翻弄されているであろう黒崎君には、同情はする。するけど興味は無い、はず……、だからまあいいや。

「それには同意するけど、そもそもそういうつもり特に無いから」

残していた好きなおかずをゆっくり咀嚼してから結希にそう断っておいた。

「えええ!もったいないじゃん!
せっかくクラス一緒なんだからお近づきになれば良いじゃん!!」

「その言葉、そのまま結希に返すよ。
私のことより結希がこれからどうしていくか考えたら?」

私の言葉を聞いてバツの悪そうな顔をしながら“うぅー……”と唸りだした結希は腕組みまで始めて考え込んでしまった。食事中に行儀が悪いとも思ったけど、当の本人のお弁当はデザートの杏仁豆腐プリンが残っているだけだったから何も言わないでおいた。私も早く食べて次の授業の準備と桐崎から借りた本を少し読みたい。

「ううー、どうしよぉー……」

杏仁豆腐プリンに口を付け始めたもののまだまだ苦い顔をしている結希に“そんな顔してると杏仁豆腐が不味くなるよ”と返しながら自分のお弁当の中身を減らしていく。最後に(本当は今日のお弁当の中で一番好きなハンバーグを残したかったけど、そうすると結希に食べられてしまいそうだったから二番目に好きな)、金平牛蒡を食べきった。

「ご馳走様でした」

「美味しかったー!ごちそうさまでした!」
「とりあえず、今日の午後使ってこれからどうするか考えてみるね!」

「授業中はちゃんと集中するんだよ」

「……うん!」

うん、いい返事だが表情が固まってるなぁ。しかも、午後だと考えながら船を漕いでいそうだ。あ、すごく想像できる。結希が椅子を元に戻して歯磨きの準備をしている様子を見ながらぼんやりとそう思った。
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