人の話は最後まで聞こう


「んー、終わったぁ」

そうして肩をぐっと伸ばして一気に脱力した。授業中は基本的に座りっぱなしのため身体が固まる感じがする。ちなみにさっきの授業は古典をやったけど、自分が指名されて音読することも、文章を訳して発表をすることも無かったから少し眠くなった。午前はあと一つ授業が残っていることもあり、眠気を飛ばすためもう一度伸びをしていると声をかけられた。

「伊織、プリント回さないのか?」

 いつの間にか私の席まで来ていた、中学からの付き合いである桐崎に言われて机を見てみるといつの間にかプリントが置いてあった。伸びをしていた時に目もつぶっていたせいか全く気がつかなかった。さっきの授業の補足資料と前回やった小テストが返却されたみたいだ。「んお、ぅ、ありがと」と短く返事をして後ろの席の人にプリントを回した。……いきなり来た桐崎といつの間にかあったプリントに驚いて変な声が出てしまったけど、気にしない気にしない。

「珍しいな、お前が眠そうにしているなんて」

「私だって眠くなるときもあるんだよ。というか、伸びしてるだけで眠いとは限らないだろ」

「今認めたじゃないか。……授業中あんなにぼうっとした顔で黒板を眺めていたんだから、眠そうなんだな、としか思えないだろ」

「……まっすぐ黒板見ててくれよ」

「席の位置が位置だからな、仕方ない」

 途中からばつが悪そうな顔をし出した私に、口の端に笑みを浮かべながら事実を告げてくる桐崎はその表情の通り楽しそうにしている。普段人をからかうなんてことを滅多にしない桐崎にからかわれ、(桐崎以外の)特定の人間にしかからかわれた経験がない私は、怒りよりも妙な恥ずかしさを覚えた。

「……こっち来たんなら、何か用があったんじゃないの?」

桐崎から視線をそらして話題を変えようと思ってそう話したら、また桐崎が小さく笑ったような気がして益々いたたまれなくなった。

「あぁ、昨日お前が言ってた本、持ってきたぞ。さっさと渡しておかないと忘れそうだったから、今渡しとく」

「お、ありがとう!早めに読んで返すよ」

「別にゆっくり読んでもらってかまわないんだが…」

「それは有り難いけど。まだ持ち主が読んでないのにこうやって借りてるんだから、早く読んで早く返すべきでしょ」

「そうしてまで楽しみにしていた本なら尚更じっくり読むべきだろ。遠慮しなくていい」

「いや、そうだけど、」
「気が進まないなら、明日お前の好きなアーティストのCDを貸してくれ」

「それならお互い様だろ?」

「……ん。分かった」

 人の話は最後まで聞くべきってことは分ってると思うんだけど、とりあえず反論くらいはさせて欲しかった。後で覚えてろよ。
 こんな感じに話していると「いおりんたすげでぇ……」と情けない弱々しい声が後ろから聞こえてきた。こんな普通の休み時間にいったい何があったのかと呆れながら声のする方に振り返ると困り顔の結希がいた。

「……宿題は見せないからね」

「今日はやって来たよ!って、そうじゃなくて!!」

あ、今日は違ったのか。それはさておき、話しを聞いてみると、どうやら返却された小テストが、結希のものとは別に他の人のものも混じっていたらしい。そのこと自体は特に困ったものでもなく、結希自身もすぐにその人に返そうと思ったらしい。しかし、返す相手の方に問題があったようで、自分では渡しづらいから私に頼みにきたという次第だ。

「だって黒崎君だよ!?あんな格好よくて優しくて女子に大人気な人と話すなんて緊張して無理!絶対固まる!」

「渡すだけなら“はい、これ”って言うだけで済むでしょ。そんなに気負わなくても良いと思うけど」

「それすら緊張して上手く喋れないと思うから嫌なの!!お願い、いおりん!一生のお願い!!」

「結希の一生は何回あるの……。まあ、いいや。渡すだけなら出来るし、行ってくる」

「わーー!ありがと、いおりん!頑張ってぇ!!」

「はいはい、じゃあ行ってくるね」

「そろそろ予鈴が鳴るから早くしろよ」

「了解。ありがと」

そう二人に言って黒崎君の席に向かった。女子が何人か黒崎君と話していたみたいだけど、予鈴が鳴りそうなことに気づいたのか、各々の席に戻っていった。もし、もう少し早く行ってたなら女子達が話してる中、そこに割り込んで届けることになったかもしれない。それを察して結希も頑張れと言ってたけど、どうやら大丈夫みたいだ。私も早く渡して席に戻ろう。

「黒崎君、これ」

「え、ああ、届けてくれたんだ。ありがとう」

「ん。あと、こんなこと言うのもなんだけど、分からないところはきちんと復習した方がいいよ。」

「……え?」

-----------------キーンコーンカーンコーン


“それじゃあ”と黒崎君に言って、そそくさと自分の席に戻った。さっきの私の発言に対して何か言おうとしたのか黒崎君に呼び止められた気がしたけど、気のせいだということにしよう。
ふと見てしまった小テストの点数が一桁だったら、誰だって一言助言をしたくなる。あの女子達もいなかったし、渡すついでに言ってしまった。そんなことを考えながら、もう始まってしまった授業の道具を手早く準備し、さっき借りた本と返却されたプリント類をしまった。


<登場人物メモ>
岬 伊織:本作主人公。今日の宿題は数学とCD選び。
黒崎 翔:顔が良い。苦手教科は古典
桐崎 義景:伊織の中学からの友人。本は読むが音楽にはあまり興味がない。前髪で顔が隠れてる。
兎倉 結希:伊織とは幼稚園から一緒。親しい人はあだ名で呼ぶ。“一生のお願い”を今まで数えきれないほど伊織に使っている。
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