珍しいやつと話した


※この話は、「09 珍しいものを見た」の時の桐崎義景視点の話となっています。
よろしければお読みください。

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 ある日の体育の時間。
 内容は持久走。終われば各自好きに過ごしていいらしい。好きに、とは言っても授業中だから野球やサッカー、女子ならバトミントンといったものから選んでやることにはなるだろうが。
 あいつなら何を選ぶんだろうな。
 準備体操で体を伸ばしたりほぐしたりしながらぼんやりと考える。

 準備体操を終えて持久走の準備に入る。グラウンドの芝生から出てスタート位置の白線付近に行くと佐渡から声をかけられた。

「よぉ、義景!お前、今回の持久走もタイム狙うのか?」

「ああ。自分の種目だし、やるだけやるさ。お前も途中でバテるなよ」

「分かってる分かってる!短距離とは全然違うし、ペース配分気ぃ付けるよ」

「ああ」

 そうこうしているうちに全員がグラウンドのコース上に来たようで、先生の号令が聞こえる。

「位置について、よーい。スタート!」

 そうして持久走が始まったが、同時に女子からの声援も聞こえてきた。大半はある生徒に対してだが。聞こえてくる女子達の甲高い声を聞き流して、走ることへと意識を向けた。

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 1周目を走りきる頃、あいつと少し目が合う。
 走っているお陰で普段よりも広い視界が捉えたのは、目を少し見開いた表情の伊織だった。
 冷静なように見えて、意外とよく表情を変える伊織が面白くて。つい、からかってしまうこともあるが。こんな何気ないことでもそう出来るのは、少し、嬉しい。
 そんな思考のまま視線を伊織の方へ向けていると手を振られる。小さくヒラヒラと振られたその手に驚きながら視線を上へと上げれば、何か言われている。騒々しい他の女子達の声の中にあいつの声は無いから、何を言われているのか分からない。
 ただ、珍しいものを見れたような気がして。乱れないよう努めていた呼吸に、笑みを含んだ吐息が漏れた。

 そうして走り続けていれば、後ろから足音が近づいていることに気付く。

「おーい、よっしーっ」

 …………俺のことか?
 耳を澄ませても自分のもの以外に聞こえる足音は現在進行形で近付いてくる一人分のみだ。であれば、呼ばれているのは自分なんだろう。
 何故いま、何故自分が、という疑問を抱きつつも顔を右斜め後ろに向ける。

「呼んだか?」

「うん、呼んだ呼んだっ。ちょっと待ってて」

 そう言って更に加速し、すぐに自分の隣に来る。持久走だと言うのに結構なスピードを出しているんだが、大丈夫なんだろうか。

「黒崎、そんなんで後からバテないか?」

「大丈夫だよっ。俺これでも体力あるし」

 まぁ、確かにそうらしいが。
 足を踏み出す度に呼吸も跳ねる。だから話しているときも声が弾んでしまうが。黒崎にはそれ以外の、端的に言えば疲れから来る呼吸の乱れが感じられない。
素直に感心するものの、帰宅部の黒崎に対し陸上部所属として若干の悔しさを覚えた。

「で、何で俺を呼んだんだ」

「いやぁ、よっしーと話したこと無かったから良い機会だと思って」

「言われてみれば、そうだな」

 何度か陸上部に誘おうかと考えたことはあるが。授業合間の休憩時間には女子に囲まれているし、最近は昼休みもたまに見かけないからその機会が無かった。
 思い返してみれば、黒崎とまともに話したのは本当に今が初めてだった。

「それにしても、よっしーって足速くてすごいね。陸上部なんだっけ?」

「あぁ。けど、その言葉そっくり返す。運動ができるのに帰宅部なのは勿体ないぞ。どこか入らないのか?」

 そう問えば気まずそうに間延びした声を出した後で答えてくる。

「オレ一人暮らしだからさ。部活で時間取られて家の諸々やるの遅くなると困るんだよね」

「高校生で一人暮らしなんて珍しいな。親元から離れて独立してるんだろ?」

 凄いな、と続けて言えば、さっきと同じように苦笑いで答えられる。

「いやぁ、実はオレの親、というか家族ってもういないんだよね。今は親戚の人に援助してもらって生活してるって感じ」

「それは…、すまん。無神経だった」

「全然!気にしなくて良いよ!今はもう吹っ切れてるしっ。
あ、えと、よっしーは?よっしーの家族はどんな感じ?」

 気にしていないと言われても、あまり踏み込まれたくない内容だっただろう。再度謝罪しようと口を開きかけたが矢継ぎ早に質問をされてしまい叶わなかった。
 ひとまず、その気遣いを受け取っておくことにする。

「……俺の方は、両親と俺の3人暮らしだったんだが。中学のときに親が仕事の関係で海外に転勤になってな。俺は日本に居たかったから、今は親戚の家に厄介になってる」

「へぇぇ、海外かぁ。ちょっと親近感沸いた!ところで、日本に残った理由って?」

「元々親の転勤が多かったんだ。だから卒業した中学も別の学校から転校してきたんだよ。そういう環境の変化がこう何度もあるのが嫌になってな。それに、中学で友人も出来たし」

「えっ、じゃあオレとよっしーって転校生仲間!?共通点見つけられてなんか嬉しいや」

「元、が付くが、まぁそうだな」

「あ、でさ、中学でできた友達って岬さんのこと?」

 ちょうど吸い込んでいた息で思わず咳き込みそうになった。なんとか呼吸を整えてから黒崎の方を見る。

「……何でそう思った」

「あぁ、たまに岬さんからよっしーのこと聞いてたから、そうなのかと思って」

 あいつから、思わず口から漏れた言葉は音にならずに呼吸に紛れた。
 以前、プリントを渡しに行っていたのは見たが。そういった雑談をするほど仲良くなっているとは思わなかった。
 静かに衝撃を受けているなか、心配そうな声をかけられる。

「よっしー?大丈夫?」

「あ、ああ。黒崎の言うように伊織とは転校して来た中学の時に話すようになったんだ」

「そう言えば、教室でもよく岬さんとよっしーが話してるとこ見るし、」

 ふぅん、と今までよく回っていた口が、歯切れ悪く何かを思案するような声を発する。
 気になって視線を前から右横へと向ければ、愉快そうに口角を上げた黒崎がちょうどこちらへと振り向いている所だった。

「へぇ

「何を察したのか知らないが。話が無いならもう行くからな」

「あ、ちょっ」

 黒崎の静止の声を待つ前に走る速度を上げようとしたものの、それよりも前に別の声がかけられる。

「桐崎、黒崎!きちんと走っているのはいいが、私語は慎めよー!」

 授業を担当している教師だった。少し話しすぎたようだ。二人で声を揃え、すみませんっ、と謝る。
 流石にこれ以上は話さないだろうと今度こそ走る速度を上げ始めた。

 珍しいやつと話せて良かったという気持ちもある。だが、最後の会話で何やら揶揄われたようですっきりしない。それに、呼びとめて何を話そうとしたのかも気になった。
 とりあえず、切り替えて走るか。昼休みにでも早めに捕まえれば黒崎と話せるだろう。
 そうして胸に残ったもやつきを晴らすように走ることへと集中した。
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