また今度、プリンでも奢ってよ


「岬さんを避けてた理由話すけどさ。今から話すことって、全く信じてもらえないような話なんだけど、それでも聞く?」

「聞く。聞いてみないと分からないから、話して」

 潔いなぁ、と観念したように笑う黒崎君に続きを促すようにじっと見据える。彼は少し視線を彷徨わせた後で、再び口を開いた。

「実は、オレって吸血鬼なんだよね。人間じゃなくて」

「きゅうけつき」

「うん、そう」

「えっ、と。病気か何かでそう言われた人達がいたらしいけど、それじゃないんだよね?」

「うん。ハロウィンで仮装されるモンスターの方」

「……なるほど。うん、ちょっと、整理させて」

 真っ直ぐ私の方を見ながら話してくれた黒崎君に悪いと思いながら、私は右手を前に出してストップをかけた。
 きゅうけつき。吸血鬼。血を吸う鬼。確かにハロウィンでも仮装されている。
 けれど、黒崎君は仮装している人みたいに耳が尖っていたり、牙が生えているようには見えない。確かに肌は白い方だと思うけど、それは体質で片付いてしまう話だし、彼が吸血鬼だという決定的な証拠にはならない。
 私や結希や桐崎みたいに、普通の人に見える。

「やっぱり、信じられないよね」

「う。…えっと、吸血鬼って言ってたけど。その…、牙とかあるの?」

「あるよ」

 ほら、と言いながら、黒崎君は口を開いて見せてくれる。
 確かに、犬歯というには少し鋭く尖った歯がある。

「血を吸いたくなった時とか、魔法を使う時とか、そう言う時に今よりも牙が伸びるかな。あと瞳も赤くなるね」

「まほう?魔法って、こう、火を出したりとか、物を浮かせるとかいうやつ?」

「そうそう、そんな感じ。これも実際に見た方が早いよね」

 そう言いながら今度は人差し指を前に出してみせる。程なくして彼の指先からは小さな火花が弾け出した。線香花火のように小さく、ぱちぱちと火花が瞬いて綺麗だった。

 渋滞を起こしかけている思考は、まだもう少しこの綺麗であり得ない光景を眺めていたいと思うけど。
 なんとか思考を働かせ、先ほど聞いた牙や瞳のことを確かめるためにそろりと顔を上げる。
 私の視線に気づいた黒崎君は、いっ、と牙が見えるようにしてくれる。さっき見た時よりも長く鋭くなっていて、彼が言うように、犬歯ではなく確かに牙であることが分かった。
 噛まれたら痛そうだと思いながら、視線を少し上げる。
 いつもの碧色と目が合うと思ったけど、赤色のガラス玉が火花の光を反射させてキラキラと輝いてるような瞳と目が合った。

 そういえば、前に彼が赤いカラコンをつけているように見えた時があったけど、きっとあれも見間違いじゃなかったんだろう。彼の言うように血が吸いたい…、お腹が空いていた時にちょうど私が見かけたんだと思う。
 それと吸血鬼って確か、対象を魅了して血を吸いやすくするって本にあったし、彼が女子達にとても人気なことも吸血鬼だからかもしれない。
 まぁ、そう言うこと抜きでも黒崎君がイケメンで気さくでモテやすそうなことに変わりはないんだけど。

 思い返して納得していると、色が変わっても綺麗なその瞳が、恥ずかしそうにきゅっと細められた。どうやらじっと見すぎてしまったみたいだ。
 思わず「ごめん」と謝れば、「ううん大丈夫」と苦笑いで答えられる。

「とまぁ、こんな感じで。オレが人間じゃないってことには納得してくれた?」

 人差し指を小さく横に振って火花を消した黒崎君が、改めてそう問うてくる。
 人間じゃない、という言い方自体に何となくモヤついた気持ちを抱えてしまうものの。彼が吸血鬼というのは本当のことだと思うから、その問いにこくりと頷く。
 それを見た黒崎君も満足そうに一つ頷いた。

「それで、岬さんを避けてた理由なんだけど。この前、岬さんが倒れた日があったでしょ?
 あの日の昼休みに岬さんが寝ちゃった後で、その、血を、吸っちゃったんだ。
 あの日、すごくお腹が空いてて。岬さんが具合悪いのは分かってたんだけど、どうしても我慢できなくて。
 本当は少なめにもらおうと頭では考えていたんだけど、気づいたらだいぶ多めに吸ってしまってた。
 だから、岬さんが貧血で倒れたのは岬さんの自業自得とかじゃないんだよ。オレが血をもらってなければ、岬さんは普段通り倒れてなんていなかったんだから。
 あの時は本当に、本当にごめん。下手をしたら貧血で済まなかったかもしれない。それでなくても倒れさせてしまったから。本当にごめんなさい。
 君を傷つけたことが気まずくて、もしもまた同じようなことになったらと思うと怖くて。だから、岬さんを避けてた」

 ごめんね、と黒崎君は再度謝罪してくる。
 ことの経緯をとうとうと語る黒崎君の表情はひどく後悔しているような表情だったし、最後に何度も謝ってきた時には眉をハの字にして赤い瞳を悲しそうに歪めながら話していた。
 その表情に私自身も苦しくなってしまう。それにより詰まりかけた言葉を、身体に力を入れて何とか口に出す。一度話してしまえば、その後も続けられるから。

「そうだったんだ」

「うん」

「それなら次気を付けてくれればいいよ。
 元々黒崎君のせいだとは全く思ってなかったけど、謝ってもらったし私は気にしていないから。黒崎君ももう気にしなくて良いよ」

 そう言うと、黒崎君は目を何度も瞬かせながら「え」と言葉を漏らす。そして言われた内容をようやく飲み込んだのか、驚いたように目を見開いて元気に話してくる。

「えっ!?岬さんはそれで良いの!?
 と言うか、オレが人間じゃないこととか、そっちのコメントも何もないけど、どうなの!?」

「……びっくりはしたよ」

「それだけ!?」

「うん。だって食事が普通の人と違っていたり、瞳とか牙のこととか、外見が人と違っていたりするだけでしょ?
 人間だって全く同じ人なんていないんだから、そこまで気にすることじゃ無いかと思って」

「えぇ…。器が広いと言うか何というか……」

 再び、えぇー、と言いながら黒崎君は呆れたように脱力する。
 ここ数週間、黒崎君に避けられて、今こうやって話を聞く前もすごく気まずい空気だったけど。
 今は黒崎君と普段話している時のようなやり取りが出来て、懐かしいような、嬉しいような気持ちになる。

「あ、もちろん誰かに黒崎君のことを言いふらすつもりなんて無いから。そこは安心して」

「それは岬さんを信じてるから心配はしてないんだけど。
 そうじゃなくて、……んーーー」

 まだ何か気にかけているような黒崎君の様子から念のため話してみたけど違ったらしい。
 別に、今までの話を聞いて黒崎君のことを嫌いになるだとか、今度は私が彼のことを避けるだとか、そんなことする気は無いんだけどな。
 そう考えながら、なおも悩んでいる素振りの黒崎君に対してある提案をすることにした。

「まだ何か気にしてるみたいだけど。それなら、また今度の昼休みにプリンでも奢ってよ。
 私も、黒崎君も、今回のことはそれでチャラにしよう」

「軽くない!?え、そんなんで良いの!?」

「うん」

 黒崎君の勢いが何だか可笑しくて、少しだけ口の端を緩めながら短く答えれば、呆気に取られた表情が見える。
 そのまま動かなくなってしまったから、固まってしまったのかと思い彼の顔の前で小さく手を振る。数秒くらい手を振っていると、不意に黒崎君に手首をそっと掴まれて手を下ろされた。
 そうして見えた黒崎君の表情は不満そうに少し眉を寄せて、何故?と目で訴えていた。
 その表情に今度は私が目をぱちぱちと瞬かせることになった。

「「ふっ」」

 今のやり取りが面白くて思わず吹き出してしまうと、黒崎君も同じように笑い出す。
 子供が秘密の企みごとをするように、二人して堪えた笑いを続けた。
 ひとしきり笑い合った後、

「ありがとう、岬さん。これからまた昼休みにご飯一緒に食べてくれる?」

「もちろん。
 それとさ、今度は私とか、黒崎君の周りにいる女子達だけじゃなくて。桐崎とか結希とか、他の人とも一緒にご飯食べたり、雑談したりすると良いんじゃないかな。
 たぶん黒崎君、自分が吸血鬼だからってクラスの人達に壁作ってるでしょ?
 別に本当のことを話せなくても、黒崎君は黒崎君なんだからさ。クラスの人達とか、それ以外の人でも仲良くしたい相手がいるなら、そのままの君で接すれば良いと思うよ」

「……あれ。オレってそんなに分かりやすかったかな?」

「今までの黒崎君の態度と、さっき聞いた話から想像しただけだから。そこまで分かりやすい訳じゃないけど」

 私がそう答えた後で、頬を自身の瞳の赤色に近づけながら気まずそうに視線を逸らす黒崎君は見た目の年相応の表情をしていて、私はふっと笑いをこぼしてしまった。

 そうして落ち着いた後、ふと部活に遅刻していることに気づいた私は黒崎君より先に自分の荷物を取るために教室へ戻ることになった。

「それじゃあ、また明日。これからもよろしく、黒崎君」

「こちらこそよろしくね、岬さん。またね」

 別れ際にそう話した後で、私はバタバタと特別棟の教室を離れる。
 部活を終えて家に帰り、宿題や家の諸々をやって眠れば、またいつもの明日が来るんだろうけど。それでも、今日黒崎君と話せたことで、昨日よりもずっと、明日が来るのが待ち遠しくなったのだった。
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