ほとぼり冷めて元通り?
「貧血と軽い熱中症だね」
身体の揺れる感覚が無くなり背中全体にひんやりとした感覚を一瞬覚える。それも自分の体温ですぐにぬるくなり、このままだと汗をかきそうだとぼんやり思っていると、誰かにそう告げられた。
たぶん保健室の先生だ。さっき額やら首やら頬に手を当てられていたし。目を開けばまた視界が回りそうだから確かめられないけど、たぶんそう。
「冷やすとこ冷やして休んでおけば大丈夫そうだし、君はもう教室戻りな」
「……分かりました」
伊織、と呼ばれ、声をかけられた方向へ軽く首を傾ける。今気づいたけど、どうやらここまで運んでくれたのは桐崎のようだ。
「ゆっくり休めよ」
そう言われたので、何か返事をできないかと軽く手を上げる。お礼も言いたかったけど上手く声にできず、口の中でもごもごと呟く感じになってしまった。
それでも桐崎は「無理するな」と呆れたように少し笑いながら優しげに言ってくるから、なんだかくすぐったく感じてしまう。
小さく上げた手をそのまま自分の体にかかっているタオルケットへと移動させ、顔の前まで持ってきてしまった。
程なくして桐崎が保健室から出て行く気配を感じた。
その後、桐崎と話している間にも色々と準備をしてくれた保険医の先生に介抱される。
そうしてだんだんと落ち着いてくると今度は眠気に襲われてしまって、そのまま放課後になるまで眠ってしまった。
ぐっすりと眠った後の目覚めはまぁまぁすっきりしていた。身体も上手く動くようになったし、ひとまず自力で帰れそうだ。そう思った矢先。
「いおりんー!!」
そう声を上げながら結希が保健室へ飛び込んできた。次いで私の鞄と自分の鞄を持った桐崎が保健室へ入ってくる。
わぁわぁと心配してくる結希を宥めて話を聞くと、心配だから部活を休んで一緒に帰ってくれるらしかった。
それはありがたいけど、今の体調なら結希が居てくれればとりあえず大丈夫だ。だから、
「桐崎は部活行って」
「また倒れでもしたらどうする」
「休んだし、家までは保つから大丈夫」
「だが」
「部活、結構力入れてるんでしょ?こんなことで休ませらんないよ」
中学の、転校してきた途中からではあるものの、桐崎が部活を大切にしている事は知っているし。この学校の陸上部は大会でも毎年決勝に行くほど強いらしく、だからこそこの学校へ進学したのだと前に聞いたから。
そんな大事な部活を休んでまで送ってもらうのは申し訳なさすぎる。
鞄、ありがとう、と言って、桐崎の腕にあった自分の鞄を取ろうとすると、桐崎が深い溜め息を吐く。
まさか渡さない気かと軽く睨むと、桐崎はくるりと後ろを向き保健室の扉の方へと体を向けた。
「玄関までは一緒に行くからな」
「…うん、ありがと」
そうやり取りをし、保健室の先生にもお礼を言って私と結希は帰路へと着き、桐崎は部活へと向かっていった。
---------------
あれから体調も安定し、倒れるなんてこともなく普通に生活をした。
登校して授業を受け、休み時間に友達と雑談して、美術室に行って部活をし、家に帰って宿題をする。そんな普通の日々だ。
ただ、最近はずっと教室で昼ご飯を食べている。特別棟の理科室へ行くことはなく。
何なら最近は気のせいではなく黒崎くんに避けられている。
「黒崎君、おつかれ」
「っ!ぁあうんお疲れ!それじゃっ」
「えっ、ちょっと」
こんな感じに、私が挨拶をしたら黒崎君がそそくさとその場を離れるという流れを会う度にしている。
最初こそ何か用事でもあるのだろうと思っていたけど、こう何度も続けば避けられているのだと嫌でも分かる。
それに、この前の昼休みの廊下で黒崎君がまた女子達に囲まれている場面に遭遇した時も。
これを見るのも久しぶりな気がすると感じながら、囲まれている当の本人は大丈夫だろうかと見ていると、黒崎君と目が合った。
そう思った瞬間、黒崎君は勢いよく首を真横へと振って視線を逸らした。
もしかしたら、目が合ったと思っただけで、そんなことは無かったのかもしれない。たまたま真横の人に話しかけられて慌てて返事をしようとしたのかもしれない。
けど、全力で「何も見ていません!」と態度で示されたような気がして。首、痛そうだなと思いはしたものの、モヤついた気持ちが心に残った。
「それは確かに変だよねぇ」
「でしょ?」
そう結希に返答しながらケチャップを付けたポテトを頬張る。少しだけ冷めてしまっているけど美味しい。
「変だし、会った途端逃げるなんて失礼だよね。その人」
右隣からは少し怒ったような声で意見される。中学までは同じだったけど、高校が別になってしまった幼馴染のひなきだ。
今日は私と結希とひなきの予定がちょうど合ったから3人でカラオケに来ている。今は歌って小腹が空いたから休憩がてら運ばれて来ていた軽食をつまみつつ雑談していた所だ。
「そうなんだけど、若干そうされる理由も思い当たるからなぁ」
「え、なになに!何があったの?!」
「気になる」
ひなきを挟んで奥に座っていた結希は目を輝かせながら身を乗り出してきたし、ひなきはひなきでじっとこちらを見据えてくる。
「う、ん。実は……」
結希の勢いとひなきの様子に驚きながら、思い当たる節があると言うだけの話だと前置きして話す。
黒崎君にあんな態度を取られている理由として思い当たるのは。この前、貧血ですっ倒れてしまった日、黒崎くんの提案を聞かずに無理をしてしまったこと、だと思う。
黒崎君は教室へ戻る直前まで体調が悪そうな私を気遣って保健室に行くことを勧めてくれていた。けれど私はその気遣いを受け取らず、結果としてあんな事になってしまったから。だから黒崎君に呆れられてしまったのだと私は思っている。
「まぁ、だからって避けられるほど呆れられること?って思うんだけどね」
「そんな心の狭い人なんだ」
「や、そんなこと無いよ!前に黒崎君と話せた時、私がしどろもどろに喋ってもちゃんと聴いてくれてたし」
「ふぅん」
「あっ、ひなのその目!全然信じて無いでしょ!」
もー、と言いながら結希が黒崎君のフォローをしだすけど、ひなきの眉には少しずつ皺が刻まれていっていた。ひなきの疑惑の目を解消するにはまだまだかかりそうだ。
二人のやり取りを聞きながら、それでもなと思ってしまう。
あの日の出来事は私の自業自得だ。心配をかけたことだって謝りたいけど、その機会すら無い。
というか、目が合ったらそそくさと逃げるように何処かへ行くのもどうなんだろう。ひなきが言っていたように、普通に失礼でしょ。
「んー、モヤモヤする」
「ほら、伊織もこう言ってる」
「ええー……」
「せっかくカラオケに来てるんだし、歌ってストレス発散しよ」
「そう、だね。うん、そうする」
「むぅ、分かった。とりあえず歌うの再開しよ!はい、いおりん!」
黒崎君のことを話し足りなかったのか少し不満そうにしていた結希も乗ってくれたようで、テーブルに置いてあったマイクを渡してくれた。
そんな感じでカラオケを楽しみ、幾分かモヤついていた気持ちを晴らすことは出来た。
それでも、学校へ行って黒崎君に会って避けられる現状は変わる訳ではないから。そんな日々が続くにつれ、どうして避けられるのだろうというモヤモヤとした疑問は次第に腹立たしさへと変換されるようになっていった。
ひなき
…伊織と結希の幼馴染。内気で友人が少ない。数少ない友人を大切にしているから、伝え聞いた黒崎に対する信用は皆無。