珍しいものを見た
あつい。
夏真っ盛りというわけではないけど、それでも暑い。照りつける日差しは肌を焼いてくるし、何もせずとも汗をかいて体力が削られるから夏は苦手だ。
プールの授業だったら良かったのに。そう考えてもこれから始まる体育の授業内容は変わらない。
「こんな暑いのに持久走なんて嫌になっちゃうよねぇ」
「本当に。体力テストの時に持久走が無かったから不思議だったけど、今になって皺寄せが来るなんてさ」
「そーいえばそうだったかも。何か足りないなって5月の体育で思った気がする!」
でしょ?、と返しながら結希と一緒に校庭の真ん中の方へ向かう。既に他のクラスメイトが大体集まっていたものの、先生もまだ来てないし始業のチャイムも鳴っていないから授業には間に合ったみたいだ。体操着へ着替えるついでに日焼け止めをしっかり塗っていたから時間ギリギリかと思ったけど、良かった。
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『黒崎くーん!頑張ってー!』
『しょーくーん!』
男子の持久走が始まってから、ここぞとばかりに一部の女子が盛り上がる。黒崎くんへのアピールなのか、ただ応援したいだけなのか分からないけど、もう少し声のボリュームを下げて欲しい。
「これから私達も走るんだけど、元気だなぁ」
「そうだねぇ。応援したくなる気持ちも分かるけど、黒崎くんだからねぇ……」
思わず呆れた声を出してしまったものの、結希も同じようにため息を吐きながら漏らす。
「結希は応援しないの?それか、黒崎くんが近くに来たとき手を振るとか」
「んんー……。どっちにしろ前の方に行かなきゃだから、あの子達に混じるのは、いいかな。それに、応援だったらここからでも出来るし!」
「うん?どうやって?」
「心の中で念じる!」
「……あぁ、それなら出来るね」
「でしょ!」
ふふんっ、と得意気に胸を張る結希を見たら、なんだか微笑ましく思えた。
確かに声援はかけられないし自己満足ではあるけど、心の中でなら応援はできる。相手がこちらへ視線を向けたときにでも手を振れば、もしかしたら気付いてくれるかもしれないし。
少し子供っぽいような気はするけど、そういう素直な発想が出来るのが結希の良いところだ。
「あっ、よっしーだ!もう1周目走り切りそうだよ!」
「本当だ」
結希の視線の先へと顔を向ければ、確かに桐崎が走ってくる様子が見える。他の男子の姿もその後ろにちらほらと見えるけど、桐崎との距離は離れている。
さすが運動部、早いな。そう思いながらペースを崩さず走ってくるのを見ていれば、不意に桐崎が此方の方に顔を向ける。走っているせいで長く伸ばされた前髪が揺れ、普段隠れている瞳と一瞬目が合う。
いや、目が合ったと感じただけで別の方を見ていたのかもしれないけど。珍しい出来事に驚いて、心臓が少し跳ねた。
そんな中、なおも顔を此方に向けている桐崎にお返しとばかりに小さく手を振る。がんばれ、とついでに小さく口パクもしたけど見えていたんだろうか。
そうして桐崎の走っていく後ろ姿を見送る。その後ろから黒崎くんや佐渡くんなど、男子達がちらほらと走り抜けていく様子を少し眺め、そのまま結希との雑談を再開した。
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持久走が終わり、残りの時間は各々好きな種目をして良いことになった。
結希を誘ってバトミントンの羽根をポコポコと打ち返す。あまり力強く振っても当たらない、むしろ振るとラケットの端に当たってしまって打ち返せない。
結希は結希のお姉さんとよく外で遊んでいたらしく、当然バトミントンもやり慣れているらしかった。今は手加減をしてもらいながらラリーを続けている。
「いおりん、その調子
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「う、んっ!」
ぽこん、と返事をしながらボールを打つ。柔らかく弧を描いて打ち上がったから少し嬉しくなった。
このままラリーが続くかと思ったけど、打ち上がったボールは結希の真正面に落ちる。
わぁっ!と大きめの声が上がる。もしかしたら当たってしまったかもしれないと思って結希に駆け寄った。
「ごめんっ、大丈夫だった?」
「うん!大丈夫だいじょーぶ!びっくりしちゃっただけっ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろすも、それよりっ!と声を上げられる。
「え、なに、どうしたの」
「あっち!あれ見て」
そう言われて結希の指差す方を見やれば、少し遠くの方で何人か人が集まっていた。確かあっちの方はバレーをやるグループだったと思う。
小さな騒ぎに気付いたのか、先生もそこに加わったのも見えた。となると、
「誰か怪我でもしたのかな」
「そーかも……。さっき転んでた子がいたから」
「それであっち見てたんだ」
「うん……」
心配だ、と結希と二人で言い合う。邪魔になるかもしれないから、騒ぎに遅れて気付いた他のクラスメイトと同じように遠くからその様子を見守っていた。
少しして今まであったざわめきとは別の黄色い声が混じる。
何だろうと首を傾げていると、集まっていた人の中から明るい髪色をした男子が出てきた。女の子をその腕にしっかりと抱きながら。
それを確認した他の女子もきゃあきゃあとそれぞれ黄色い悲鳴を上げている。
「わぁぁ!お姫様抱っこだよっ、いおりん」
そう言いながら結希はぴょこぴょこと小さく飛び跳ねて興奮する。
私はと言えば、怪我人が出たのにどうして黄色い悲鳴が混じったのか疑問だったから。黒崎くんがクラスメイトの女子をお姫様抱っこしていたと言う答えに納得してしまって、うん、すごいな、と投げやりな返事をした。
そうこうしている内に、黒崎くんは持久走の疲れも感じさせないような速さで校舎の方へ走っていく。
そして先生の鳴らす笛の音で自由時間の終わりと授業の終わりを告げられた。
先生の授業終わりの挨拶や説明を聞き流しながら、今日見た光景を思い出す。
体育の授業であっても今までまじまじと見たことの無かった桐崎の走る姿は格好いいと感じたし。
黒崎くんが女子をお姫様抱っこする姿なんて漫画やドラマの中でしかやらないものと思っていたから見た瞬間ギョッとした。
そんな事を考えながら、今日は珍しい日だなと思った。