笑いすぎ


 中間テストが近い今日この頃。また特別棟にある教室の硬い椅子に座ってる。
初めてここに呼ばれてから1ヶ月以上は経っている。その間にも黒崎君と何度か一緒にご飯を食べて少し話しをするという昼休みを過ごしてきた。今日もそんな1日ではあるけど、違うことが1つだけある。私の前に広げた弁当類の横に英語の単語帳があることだ。

「珍しいね。岬さんがお弁当以外のものも一緒に持ってくるなんて」

「ご飯を食べる以外にやることないんだし、普通なら弁当しか持ってこないよ」

当たり前のことを返答したはずなのに黒崎君からは驚いたような声を上げられる。

「え、でも今どきの子はスマホとか持ち歩いたりしてるでしょ?他の子達と休み時間に一緒に居るとよくおすすめの動画とか画像とか見せてもらうけど」

今どきって……。妙に引っ掛かるような物言いに頭の中で疑問符を浮かべてしまった。現役の男子高校生が何を言ってるんだろう。
それは置いておくとして、転校してしばらく経つにも関わらず校則についてはまだ曖昧に覚えている転校生に一応伝えておく。

「そもそも、この学校は朝のホームルーム前と放課後以外は携帯電話の使用は禁止されてるんだよ。
……守ってない人が多いけど」

「あぁ、そうだったんだね。
オレみたいな格好でもここに入れたから、てっきり校則が緩い学校なんだと思ってた」

「髪とか目は自前であれば大丈夫だよ。
だから、カラコン着けて来るのは控えた方が良いよ。視力の問題なら普通のコンタクトを着ければ良いはずだし」

そう言いながら弁当箱のふたを開けて箸を手にとる。いただきます、と小声で言いながら昨日の晩御飯の残りであるポテトサラダを食べようとしたところで、“えっ”と声を上げられる。

「オレ、カラコンなんてしたことないよ」

「たまに着けてるでしょ?」

「えっ」

えぇー、と言い戸惑いながらも黒崎くんが自分の昼食に手をつけ始めたので、私もポテトサラダを口に入れる。美味しい。
黒崎くんのカラコンについては、たまに見かけたときに黒崎君の碧い綺麗な瞳が何故か赤いように見えたから言ってみたけど。本人の反応を見るとどうやら違ったらしい。

「あー、勘違いしてたみたい。ごめんね」

“赤く見えた”と言うだけで、もしかしたら目が充血していたのかもしれない。話も聞かずに決めつけたのは良くなかったな。

「あ、あぁ、うん。大丈夫だよ」

そう言う割には、黒崎君はまだ腑に落ちてない表情をしていた。
それが気になりはしたものの、何か考え込んでいるみたいだったから弁当を食べ進めることにした。ポテトサラダもウインナーも美味しい。
そうしていると、黒崎君がまた話し始める。

「……えっと、話が飛んじゃったけどさ。
岬さんが単語帳持ってくるなんて珍しいよね」

「そうだね。中間テスト近いし、英語は苦手だから少しでも勉強しようと思って」

「あれ、英語苦手なんだ?意外だな」

「そう?」

「うん。岬さんってどの教科も得意そうなイメージがあったから」

 勉強が出来そうに見られていると言うのは良いことなんだろうけど、結局事実とは異なっているのだから素直に喜べない。ミニトマトの酸味を堪えて咀嚼し、パックジュースで喉の奥に流し込んだ。

「……そんなことはないよ。特に英語のテストは、よく、平均よりも下になるし……」

「へぇー。俺の古典の小テスト拾ってくれた印象と実際は違ったんだ」

「一桁の点数見たら誰だって言いたくなるよ」

 というか、一ヶ月くらい前のことだけど覚えてたんだな。学年問わず毎日たくさんの女子から話しかけられたり、同じクラスの男子ともよく話すようになったみたいだからあんな小さな出来事を覚えているなんて。私の方が意外に思った。

「んー、なら少し練習してみる?
単語帳読むより実践した方が覚えるよ」

梅とワカメが混ぜ込まれたご飯も、残り半分もないくらい食べ進めていると、黒崎くんから妙な提案をされる。

「実践って。えと、単語帳から何か問題を出してくれるの?」

「それだと実践にはならないからなぁ、うん。そうだね……」

そう言って、黒崎くんは一拍置くと、

「Let's speak in English now. First of all,Tell me what you don't understand English. 」

「は」

「Hm?What's the matter?」

「ちょ、ちょっと待って。いきなりは、」

「No,No! Now,don't speak in Japanese.Please speak in English.」

 えぇ……。
 言葉を続けようとすると遮られてしまった。えいご。英語で答えてって言ってる。けど、その前の質問が唐突すぎて聞き取れなかった。
 えっと、聞き直す、もう一回話してもらうって英語で何て言うんだっけ。あともっとゆっくり話してもらいたいから、

「えっ、あ、……きゃ、きゃんゆー、すぴーく、もあすろーりー?」

 本当に突然のことだったからカタコトになってしまった。英語が苦手な人間がそんなすぐに反応できる訳ないでしょ。

 私の下手くそな英語を聞くと、黒崎くんは目をぱちくりと瞬かせた。
 そして吹き出して大笑いを始めた。

「あっははははは!!
ははっ、はっ、ふ、ふふ、くっ、あっははははは!」

私だってすごく変な話し方になったのは分かってる。分かっているけどお腹を抱えてまで笑うのは酷い。
恥ずかしさで頬に熱が集まる。なおも笑い続けている黒崎くんを眉根を寄せて睨んだ。

「......笑いすぎ」

思ったよりも小さく、そして低く発したその一言は黒崎くんに一応届いたようだ。
ひーひーと息を吸っているのか吐いているのか分からないけど、なんとか笑いをこらえようとしている。

「いやぁ、ごめんごめん。想像よりも、......あれだったからさ!」

「別に濁さなくても良いよ。今のは自分でも酷かったと思うし」

「ま、まぁそう拗ねないでよ。お詫びに勉強手伝うよ。ね?」

 少し困ったように眉を八の字にしながら黒崎君は提案してくれた。私としてもそれは助かるけど。

「......もうさっきみたいに大笑いしないでね」

「流石にもうあんなに笑わないからね!?」

 私の奇妙な英語に大笑いして、その後で反省したような表情を見せたかと思えば、大げさだと感じるほど驚いてみせる。
 今みたいにころころと表情を変える様子を教室では見たことがないなと、ふと思った。普段は、いや普段も明るい様子ではあるけど、ここまで感情の起伏があるのを見かけたことはない。見かけたことが無いだけかもしれないけれど。
 教室でももっと今みたいに過ごせば良いのに。
 そんなことを考えながら、昼休みの残り時間に英語を教えてもらった。黒崎君の教え方は丁寧で、短時間でも実になるものだった。
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