名前が必要だった
傍にいるには形が必要だった
共に歩むには先を見据える視界が必要だった
けれど、
振り返っても貴方がいないのはどうして?
繋ぐ指は霞しかとらえず
抱きたかった温もりもなく
拭いたかった涙すら無いのは、
いったいどうして?
満ち足りていた
幸せだった
これで良いと思った
足りないものの正体を、
思い出してしまった
……君が待っていてくれたら、
そうしてくれたら、良いのになぁ
スポンジ
花をもらったと伝えたら
いつもの笑顔が崩れた
そのまま後ろを向けと言われて
怪我の手当てをされる
いつもはどうでもいい話をしてくるはずが
今に限っては違うから、少し変だと思った
怪我の手当てが終わって、
約束を一つ交わしたあと部屋を出た
部屋を出るときには、
あいつはいつもの笑顔を浮かべていた
約束は滅びの言葉
哀れだと思ってしまったんだ
隙を伺って、
いつか全て壊そうと誓った
その気持ちは変わらない
けれど、目の前の兵器は、
与えられる全てを受け入れる
命令も、攻撃も、怪我の手当ても、プレゼントも
まるでスポンジみたいに
だから楽に終わらせてやろうと思ったんだ
自己満足だとは分かっているけれど
そして一つ、『約束』をした
それからしばらく経って、
このスポンジのような兵器は
今まさにそれを遂行してくれた
もう一つ、今度はお願いをしたが
それもきちんと守ってくれるらしい
哀れでならないこの兵器が
もしも生まれ変われるのなら
次は痛みと恐怖を持つことを願って
僕も眠りにつこう
『目に見えているものが全て』?
貴方は何も知らないのね。
だってそうでしょう?
それが本当なら、
私達のこの言葉は思考は、
存在しないことになってしまうもの。
形にする前に消えていくから、
何処にも残らないわ。
…おかしな事を言うのね。
たとえ記憶に残ったとしても、
貴方にとっては存在しないものなのでしょう?
無知は罪だと言うけれど、
貴方には、
そうあることが幸せなのかもしれないわね
足が重たかった
補足するなら足だけが重い
それ以外の部位は
羽根みたいに軽いのに
まだ早い、なんてことはないのに
引き留める誰かなんて
何処にもいなかったはずなのに
『まだまだ楽にはなれないらしい』
瞼を開けた瞬間飛び込んできた顔を見て
ぼんやりとそう思った
たった一人の観客
その美しい光景を
ただ見つめることしかできなかった
動くことなどできなくて
拍手や称賛を
送ることも叶わない
いつまでも続くそれに
終わりという概念など存在しない
幕引きも
エンドロールも
アンコールもない
その演目だけが
ただひたすらに続いていく
いつまでも
『いつまでも』、と願ってしまった
何度だって出来るはずなのに
終わりが怖いと思ったせいなのか
客席に残る存在のためなのか
分からないままに続けてしまう
動き続けているはずなのに
不思議と体は軽くて
きらきらと輝くその視線も
心地好くって
永遠を望むのも
悪くはないと思えたんだ
たとえそれが
終わりのある永遠でも
あなたのために演じましょう
そう、それこそ
『いつまでも』
君の夢見た世界なら、
誰かがもう築いてしまったよ
君の努力を踏み台にして、
君が思っていたよりも、
ずっとずっと良いものになった
うん?
『自分以外に望んだ奴なんていないのに、
なんで』だって?
それはそうさ
だって君の隣でずっと見てきて
君の話をずっと聞いて
誰よりも理解している奴がいたんだから
出来ないはずがないんだよ
だから、早く見に来てくれよ
僕のゆめが終わらないうちに
『金木犀は秋の香り』とよく聞くけれど、
その香りを知らない人間からすれば
『そういう文化だ』と捉える他ない。
むしろ嗅覚よりも視覚に囚われることが多かった。
例えば、
視界を多い尽くす鱗雲。
道端に海草のように群生する秋桜。
それと、小道の日陰において
棘で自身を守る赤い薔薇、とか。
次々と移り変わる光景を思い出すと
目眩がしてくる。
近所の道路、ざわつく教室、
水族館のくらげコーナー。
何の関係性もない場所だとしても、
歩いてみると少しの違和感も生まれなくて。
まるで漫画の主人公のように、
物語に沿って進んでいる。
自分でそのように考えて、望んで、
行動しているかのように。
その場所で自分の意思で動いたなんて、
ただの一度も無いのにね。
目の前にボタンがあった
何のボタンかも分かってる
奇跡のボタン
これでやっと、と思ったのに
僕の利き手は動かない
ならば逆の手をと
脳から指令を出してみても
ぴくっと指が動いただけで
そのボタンに手は伸びない
ああ、せっかくの
それこそ一生を賭ける価値のある
素敵な奇跡のボタンなのに
…ああ、これでもう時間切れ
また会うこともないだろうけど
別れの言葉をさいごに言わせて
『さようなら』
なんて酷い言い草だ
せっかくのお綺麗な顔に見合わない
もったいないもったいない
ああ、そうだ
君の言葉に似合う表情(かお)に
変えてあげようじゃないか!
大丈夫、心配いらない
すぐに変えてあげるとも
ああ、すぐにでも!
おやおや固まってしまったのかな
これでは尚更似合わない!
リラックスリラックス、
深呼吸をしてみよう
それでは、さあ、
始めよう
君が願ったんだよね、『もう一度』って
なのにどうしてそんな顔してるの?
君がもう一度って望んだその1日を
僕は善意で繰り返してあげてるのに
何が不満なのかな?
『再び』が許されないこの世界で
縋るように強く君が望んだから
叶えてあげたっていうのに
だって、
そんなに強く望むってことは
その日が、その瞬間が、
とても大切だってことなんだよね?
『違う』?
『変えられないなんて聞いてない』?
んー……?
ああ、そうか!
でも残念、君が望んだ未来にはならないよ
今だってルールをねじ曲げて繰り返しているのに
それ以上のことは流石に無理だよ
何かが何処かが誰かがほつれて
いずれ全て壊れてしまうからね
夜明けへの一歩
君の待つ夜明けを、
手を組み祈ることは出来ない。
僕の望みは君の幸せで、
いつだってそれは変わらない。
君は微笑みながら待ち続けている。
幸せそうな、全て諦めたようなその笑みで。
僕が生きている明日を。
君が、消える明日を。
懐かしい日々に思いを馳せて、
月の光に目を細めながら、
僕は一歩を踏み出そう。
自惚れかもしれないけど、これで君は、
夜明けを待たない。
夜明けに祈る
遠い昔、貴方は私にこう言った。
『きっと君の隣で、君の幸せを叶えるよ。』
その言葉を今でも覚えてる位には、
私は貴方が大切なの。
だからこそ私は夜明けを待った。
もしかしたら貴方に何も告げることなく、
ただ手を振るだけとなったかもしれないけれど。
私はそれでも良かった。
私の隣でなくとも、笑っていて欲しかった。
貴方は私のことを分かっていなかったのかな。
それとも、
全部全部分かってやったのだとしたら。
私は、私の意思で君に会いに行くことは出来ないね。