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辿り着いた診察室には女性の看護師が二人すでに待機していた。
名前は知らない。
医師は診察用のカルテらしいものを手に椅子に腰かけると、ルフィをベッドへ寝かせ自分も用意された椅子に座った。
服の裾が引かれる。
どうやらルフィが無意識に裾を摘まんでいるようだ。
その手を軽く握ってやる。
ルフィの顔は、先ほどよりだいぶマシな顔色をしていた。
「聞きたいことはたくさんあるんだけど、まず君が覚えていることを話してくれるかな?」
キィ、と椅子の軋む音に、視線を足元へと向けた。
「あの日の出来事は正直はっきりとは覚えていないんです。あまりに衝撃的で……微かに記憶にあるのは、血の気の失せた顔のルフィが血まみれで倒れている姿で」
そのルフィに覆い被さる自分。
そんな己の身体も血まみれで、体を伝う液体はルフィにも零れ落ち混ざりあって溜まりを作っている。
慌てて胸元に耳を寄せると、弱々しいが聞こえる心音。
一先ず安堵して辺りを見回すと、そこは……
「……ッ」
ルフィがベッドから突然立ち上がった。
振り替えれば、ぼんやりとした目でこちらを見つめる、簡単に手当を済ませたルフィの姿。
あれはやはり夢ではなかったのだ。
「君は、何故そこに行ったか覚えているかい?」
「確か、忘れ物を取りに。ついでに、ルフィの様子を見に行ったんです」
「そうか。じゃあ、ルフィ君のもとへ駆けつける前は、どこで何をしていたか覚えているかい?」
「職場に、いました」
いつも通り仕事をしていて、携帯を確認して、慌てて家に向かって。
忘れたものを取りに行くと、部屋で眠るルフィの姿を見つけて。
それから。
「そうか。……じゃあ気が付いてそうそう悪いのだけれど、ルフィ君はあの日の事、覚えているかい?」
「具合が悪くて、家にいて。その時、誰かが来て。そいつと話してた。でも突然……」
「襲われた、かな?」
「う、ん」
「その相手が誰か覚えていないのかな?」
「覚えて、ない」
頭部に巻かれた包帯をぐしゃりと握りながら、苦しそうな顔をする。
「すみません、先にルフィの包帯を取り換えてもらえますか?後の話は、俺が」
頭にも、首にも、手にも、脚にも。
はっきりとは見えないが、恐らく体全体にところどころ巻かれた包帯は、健康でしなやかだったルフィの身体を病的に映す。
とても、目に毒だ。
「あぁそうだね。だいぶ渇いているようだけれど、血が滲んでしまっているようだ。隣の部屋で変えようか」
その言葉に、後ろに控えていた二人の看護師が動きルフィを隣の部屋へと連れ出した。
本文:P5〜6より抜粋