サンプル
目に入るユラユラと光る灯は海には無いもの。
雨音に混じり耳に聞える軽やかな音楽は海には無いもの。
鼻に漂う食欲をそそる臭いは海には無いもの。
全ては無いものばかりだ。
あの、人間も。
「興味で身を滅ぼした仲間がどれだけいたと思ってるんだ。やめておけ」
そう、自分達は人間ではない。
上半身は人と同じ。
しかし下半身は魚のように尾鰭が付き、水中でも呼吸が可能。
こんな嵐の日でも自由に海を泳げるのも、自分たちが人ではない証拠だ。
それを人間達は興味で攫い、あるものはコレクションにされあるものは研究のため実験体にされ、あるものは食べられたとさえ聞く。
人魚を食べると不老不死になれるなんて噂、このご時世信じている人間なんてもうすでにいない。
それでも人が食べるという行為を止めないのは、きっと彼らがこの世界で唯一だと過信しているからだろうと昔祖父は言っていた。
欲望尽きぬ人間は、常にこの世界で頂点に立ちたいらしい。
それを見せつけるために、自分たち以外の生き物を捕食するとでもいうのか。
何をしても許されるとでも思っているか、人間は。
実際自分達人魚は、そんな人間に怯えて深い海の底にひっそりと暮らす事を余儀なくされている。
「でもな、ゾロ」
「我儘ばかり言うなルフィ。じいさんも心配してたから、もう帰るぞ」
「う…ん……」
何故か目を引き、心を揺らがせるあの人間。
何故あんなに寂しそうなのだろう。
あんなに華やかな中で、孤独に映る姿の理由が知りたい。
でもその答えを知らぬまま自分は生を終える。
だって彼らとは生きる世界が違うのだ。
そんな尾を引く思いで海へと引き返すルフィの耳に聞えたのは、人間達の悲鳴。
何事かと振り替えれば、あの人が船の縁に立っていた。
「何やってんだあいつ。あのままじゃ海に」
落ちる、というゾロの言葉よりも早くそのまま海にまっ逆さま。
「助けなきゃ!」
「は?ちょ、待てルフィ!」
ゾロの制止を振り切り、あの人間の元へと急いだ。
だって、放っておくなんては出来ない。
それに、どうしても興味があった。
だからせめて顔を見るくらい。
そんな好奇心が己を殺すのだと、その時の自分は知らなかった。
本文:P5〜6より抜粋