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自分は異常なのだ。
昔から思っていた。
瞬きする度に見える世界は色を変え、最後は結局赤と彼奴しかいない世界に戻るのだ。
夜が怖いと思ったのはもう随分と昔の事で、今ではあの暗闇は心地好いものだった。



「…が……、もっ!!」



堪えられなくなって、逃れるように目の前にあるものに噛み付いた。
後の事なんてもう考えられない。
今をなんとか、やり過ごしたかった。
自分でも予想以上に力んでいたらしく口に拡がる血の味に眉をしかめる。
それと同時に、心はどこか落ち着いていた。



「何してるの」



耳に響いた抑揚の無い声に顔を上げる。
そこには無表情の佐助が佇んでいた。
佐助の気配に……ましてや鍵を開けたことにも気づかなかった幸村は驚愕の顔でただ見上げる。



「何してるの」



もう一度同じ言葉が繰り返される。
その姿をじっと見つめ、渇いた喉を開いた。



「さ、すけ……」



流れ出る血を気にすることもなく、目の前に立ち尽くす佐助の足にすがり付いた。
小刻みに震える指で皺になるまで服を握りしめる。



「辛抱、ならぬのだ……」

「もう少し我慢出来なかったの?」

「……無理」

「でも俺様、自分は駄目だって言ったよね」

「っ……!」



しがみつく手に触れた佐助の指は、今まで外にいたからかひんやりと冷たかった。
しゃがみこんで目線を同じにすると、そのまま流れる血を見つめながら表情を変えず言葉を発する。



「そんな勿体ない事ばっかしてたら、俺様もう食事の面倒見無いよ」

「それ、はっ!」

「なら……わかってるね、どうすればいいか」



優しく甘く吐き出される言葉は、惑わされてはならないのに麻痺した頭は逆らうことを知らない。
早く、温かさが欲しかった。



「ごめんなさい、助けてたすけて………佐助、さすけ」



あの日から。
すべてが狂ったあの日から、自分に教えられた言葉は三つ。
懺悔の言葉と、求める声と、彼奴の名前。



「駄目だよ旦那、あれほど言ったのに」



そう酷く優しい口調で自分を支え宥め始めた佐助の身体中に、己が散らかした血がこびりついた。
白いYシャツが赤くジワジワと染まる様子に、視線が釘付けになる。
感覚が麻痺し始めたのか、傷は全く痛まない。
応急措置で部屋に転がっていた包帯を巻かれるが、残念ながら殆ど意味をなさなかった。



「あ、あ……ぅあ」



血の臭いに酔い始めた頃、部屋の入口に微かに気配を感じた。
誰かいる、気配がすると伝えたいが上手く声にならない。



「………う、今………懐………い………会っ…………てる?ほら……」



上手く声が聞き取れなかったが、顎に手を掛け気配の方へ顔を向かせられる。
それでも今自分の目には、耳にはなにも写らないし聞こえない。
掠れて届く声にはまだ頭は虚ろのままだ。



「…州……………宗に正室の……」



自然に薄く開いた唇を撫でるように佐助の指が動く。
吐く息がだんだんと荒くなっているのを自分でも感じた。
続く佐助の声は、今の自分にとってただのノイズにしか聞こえない。



「…………って……、旦那を……に来て……た…」



その言葉と共に、なぞるように動く佐助の指にガリッと音を立てて噛みついた。
すぐにそこは鮮血が溢れ出し、独特の鉄臭さが口内へ拡がる。
その間、見えもしない相手を見つめる。
まだ視界は定まらなかったが、そこに誰か……感じたことのある気配を持つ誰かがいるのがわかった。



「幸…村……?」



次に届いた声は、ノイズではなくはっきりと耳に届いた。
懐かしい声、会いたかったあの人。
心の何処かで焦がれていた声に、だんだんと感覚がクリアになって……



「ま、さ………」



あぁ、お会いしとうございました。
次の世でもと、お約束致しましたね。
私は貴方を待っていました。
永き時を、貴方に会えることをただ願いながら。
でも。

何故、今。
いらっしゃったのですか。













あぁ、なんと。
























幸村視点のお話でした。
次こそは話を進めるのだっ



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