題 | ナノ
曼珠沙華


(ゾロ視点)



















目の前に広がる赤い海に、彼が立つ夢を見た。

急に恐怖を覚え手を伸ばす。

そんな自分に、彼は海から摘み取ったそれを握らせた。


















情けない話だが仲間と初めに別れたため、あの後皆がどうなったかなんて詳しくわからない。
ただ、彼は誰よりも嘆いただろう。
何よりも仲間を大事にする彼は、あの後どうなっただろうか。
普段はあんな性格だからわからないが、失う事を実は誰よりも恐れているのが彼だ。
だから自分は彼の側で、彼が何も失わないよう守りつづけるのが夢であり生きがいだった。
残念ながら今自分は彼の側にいない。
それでも必ず側に戻ると強く誓った。
帰る場所は、そこしかないのだ。
見慣れぬ土地で傷を癒し、何日か過ごした時だった。
偶然そこで出会った見知った人間が、まるで自分の能力に惑わかされたかのような顔である記事を投げて寄越した。
一面に載る大きな写真と信じ難い文字。
その時の自分は、どんな顔をしていただろうか。
優しく答えてくれる彼は、ここにいない。
それからすぐに駆け出し船に戻った。
方向音痴と言われている自分でも信じられないが、一度も迷わず海を渡り船に辿り着いたようだった。
他の仲間も皆そこに集まっていた。
それぞれが別の所にいたのに、再会を喜ぶでもなく皆無言でそこに立ち尽くしていた。
あのウソップですら、一言も話さない。
ただ、それぞれが一枚の同じ紙を握り締めそこにいた。



「行くぞ」



自分の声だけがはっきりと言葉を発した。
それに皆顔を上げ、曇った表情のまま瞳は不安げに揺れる。



「どこに行くのよ」



気丈なナミが、震える声を必死で抑えながら呟いた。
それにコクコクと頭を揺らすチョッパー。



「行くところなんてないわ」



ナミに寄り添い手を握るロビンはそっと瞳を伏せる。
フランキーもブルックも、その後ろからじっと見つめるだけだ。



「ルフィがいないなら、行くところなんてないわ!」



叫びは痛いほど伝わる。
コックの野郎は、背を向けてただ煙草の煙りを立たせていた。



「会いに行く」

「誰に」

「ルフィに、会いに行く。そこならきっと兄貴の野郎もいるだろう」



握り締めた刀が音を立てた。
彼に非はない、彼のせいではないのはわかっている。
でもどうしても気が収まらない。



「そこで全て話してもらう」



何があったのか。
全部全部全部、自分達が側にいられなかった間の彼の時間を。
必死に彼が生きた、最後を。
そして。



「帰してもらう。ルフィは俺達の船長だ」



くしゃくしゃになりすぎてもう形すらわからなくなった紙切れを、そこで全員がやっと手放した。














 ■ □ ■ □ ■












行き先も決まらぬまま船を出すことは迷ったが、留まった所で何も始まらない。
ゆっくりと、それでも前に進む船を船頭から感じた。
ここは彼の特等席だ。
誰も座ってはならない場所だ。
特別な、場所だ。
それでも自分はそこへ腰を下ろした。
そうすれば、いつか機嫌を損ねた彼がやってくるのではないかと思ったからだ。
そこから見上げた空は、どこよりも格別に綺麗に見えた。
初めて、彼と同じ目線で世界を見た気がした。
掴めそうな空に手を伸ばす。
まるで彼は空のようだった。
側にいるのに何故か触れることが出来ないのだ。
そして心は海のようだった。
すぐそこにあって手に入れられても、それは一部でしかない。



「ゾロ、船がこっちに向かってきているわ」



後ろから遠慮気味に声をかけるロビンに言われ、視線を前方へ映す。
まっすぐこちらへ向かう船は一隻、掲げる旗はドクロマーク。
見たことのある旗に、無意識に刀を持った手を離す。



「どうやらあちらから来てくれたようね」



ナミの声に頷く。
あちらさんから来てくれたのは好都合だった。
正直これからどうしようか悩む所だったから。



「何から話してくれますかね、オニーサンは」



コックの声に何故か刀を握り直してしまう。
もうこの刀を抜くための存在はいないと理解していても。
心を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸をした。
潮風は必ず彼との思い出を運んでくれる。
そう、一番長く側にいた自分はまるで特別だと錯覚させるように。



『こらーっ!ゾロ、そこは俺の特等席だぞ!!』



瞼を閉じれば君はそう叫んでいるのに、触れられないこのもどかしさに今にも狂ってしまいそうだった。




















曼珠沙華

(私が想うはあなた一人だけなのです)











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