05
少し足早になったのは、多分今日がいつもより帰りが遅くなってしまったからだ。
別に待ち合わせなんてしているわけでもないのに、でも絶対に待っているだろうという確信があった。
少し上り坂になったところでやっと目的の場所が見える。
まだ日暮れには少し時間がある、間に合っただろうか?
「セーフか」
ひらひらと見え隠れするカーテンに、まだあの家のあの部屋は窓が閉められていないことを悟る。
日暮れになると今日はもう会うことは出来ない。
それは少し、心の中にしこりが生まれる。
緊張に走った頬も間に合ったことにより少し緩んだ。
じっとり汗ばんだのか片方だけ伸ばした前髪がへばりついてくる。
鬱陶しくて払い退けていると、両目の視界に入ったのは人。
あの家の前にいるのは、少し顔色が悪いスラリした男。
手にしている少し大きめな黒い鞄が重そうに見える。
見上げる様にして片手を上げ、誰かに挨拶をしていた。
舞うカーテンの隙間から、白い腕がちらりと見える。
彼も、自分と同じ様に会いに来たのだろうか。
何か言葉を交わしているのが伺えるが、この距離では聞き取れない。
それに何故かざわざわとした感情が生まれ、駆け足でそちらへ向かった。
そんな自分に気がついたのか、男はチラリとこちらを見てすぐにそこから立ち去った。
思わずその男を目で追う。
足も出かかり追い掛けようと体が動くが、上からの声に引き止められてしまった。
「今日は昨日より遅いな」
少し拗ねた様な声に顔を上げると、声音通りの表情の顔が窓からこちらを見つめていた。
その顔が何故か可愛らしく見え、ざわざわとした感情はどこかへ遠退いていく。
「今日はたまたま居残りだ」
「いのこり?残されたのか」
「ちげぇよ、自ら残ったんだ」
「へー」
さして興味もないくせに色々と聞きたがるのは、あまり外に出たことがないからだろう。
よくわからないけど大変だな、と返す相手にそうだと思い返した。
「アイツ、知り合いか?」
「あいつ?」
「さっきまでここにいた男だ」
「あー、ローのことか?んと、しゅじいってやつだ」
「主治医、ねぇ」
わざわざ自宅にまで診療とはご苦労なことだ。
「なんか、お前がなんか俺に聞いてくるの珍しいな」
「え?あ、あぁ……」
確かに、会話といっても一方的な相手からの質問の嵐に自分が答えているだけのものが多い。
言われてみれば、コイツに何か聞くといったことはこれが初めてだろう。
「俺に興味あるか?」
「ばぁーか、男に興味はねぇよ」
「ふぅーん」
猫のように細められた目がこちらを見つめる。
口元は緩く孤を描いていて、なんだか嘲笑われているようだ。
視線がむず痒くそれから逃げるように足を自宅へ向けることにした。
そんな自分にかけられた声は数分前が嘘のように明るい。
「気をつけて帰れよ!」
「へいへい。心配してくれてどうも」
「また明日な」
その声には答えず帰路に立つ。
答えてしまえば、それが約束となり必ず守らなくてはならなくなる。
そんな面倒は嫌いだ、のらりくらり自由がいい。
それでもまるで約束されたように足を向けている自分が不可解だった。
ただの興味、いや、先程アイツに男に興味はないと言ったではないか。
ではこの感情はなんだ。
「……そういえばアイツの名前知らねぇな」
会話を交わしてから数日しか経っていないが、それにしても一番肝心な所を知らなかった。
初めて姿を見た時はもっと儚げで守ってやりたくなる、そんな印象だったのにいざ口を開けばそんなもの微塵のかけらもない。
それが何故か悔しかったのだろうか。
騙されたと思ったのだろうか。
「なんなんだよアイツ」
結局、自分は明日もあそこへ通うことになりそうだ。
続