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04









「どこか調子の悪いところはあるか?」



サラリとした前髪を掻き分け瞼の上へ手の平を被せる。
小さい頃から知っているコイツは気付けば17の歳を迎えていた。
ベッドの上に座る姿は同じ年頃の人間と比べると体は細く、肌は透ける様に白い。
自分で歩く事をせず、ずっと部屋に篭っていた証拠だ。
まぁ、あの過保護な兄が側にいれば当たり前な結果だが。



「大丈夫だぞ」



手の平に感じる睫毛の感触に、意外と長かったんだと思わせる。
手を離すと現れた漆黒の瞳をじっと見つめた。
今日初めて見た瞳は、とても綺麗だと感じた。
色や形等ではない、純粋で真っ直ぐといった意味でだ。



「なんか悪いとこでもあんのか?」



じっと見つめていた事に不安を感じたのか、逆に尋ねてくるコイツに先ほどまで瞼を覆った手で頭を撫でてやる。



「いや、どこにも問題はない」

「そっか、よかった。俺もうこれ以上エースに迷惑かけたくない」



安堵を見せる顔に、自分の頬が緩むのを感じた。
今度は反対に相手が自分をじっと見つめてくる。
まぁ当たり前だ、コイツにとっても自分の顔は初めてなのだ。



「しし、でもやっぱ俺ローの顔初めて見た気がしないや」

「……そりゃあ会う度あれだけ触ってたらな」

「うん。想像通りだ!」



嬉しそうな顔で笑う姿はあの頃となんら変わりがない。
視力を無くして目を覆う毎日の中でも、この少年は変わらずこうして笑っていた。
父の診療の時も特に不安を感じた事はなかったという。
兄が必ず視力は戻ると言ったらしい。
それを信じて疑わないコイツに何故かと問うと、兄の言うことは絶対だと返すので少し驚いたのを記憶している。



「な、それより先生は来ないのか?」

「あぁ、後は診療というよりリハビリだけだからな。なんだ、俺じゃあ不満か?」

「そんなことねぇ!ただ先生にお礼言わなくちゃって思って」

「その気持ちだけ伝えといてやるよ」

「ホントか!?ありがとう、ローは優しいな!」



時々コイツはおかしな事を言う。
まだ自分達が幼かった頃、ただ親父の付き添いでこの家に来た時もそうだった。
話し相手になってやれと言われコイツと向き合っていた時に言われたのは、面白い、という単語だった。
自分でも自覚しているが、人付き合いというものが苦手だ。
苦手というか、人に興味がないため関わろうという気持ちがなかったのが正しい。
人間なんてつまらない、本の方がよっぽど楽しいのだ。
そんな自分に対して面白いだとか、優しいだとか言うコイツはおかしな奴だと思った。
それがきっかけで初めて人間に興味を持った。
この、ルフィという人間限定だったが。



「今後は俺がリハビリに来るからな。異論は?」

「いろん?」

「文句はあるかと聞いている」

「ないない、あるわけないじゃん!」

「ならいい、次は……」



と、部屋にかけてある時計を見上げた。
時間は17時少し前、そろそろ面倒な兄が帰ってくる頃だ。



「次は木曜だ、わかったな?」



振り返りコイツに確認を取るように声をかける。
が、相手の視線は窓の外。
まるで誰かを待っているような眼差しだった。



「おい、兄貴が待ち遠しいのは構わないが医者の言葉はきちんと聞け」

「へ!?あ、う、うん」



そんな驚く事でもしただろうか。
なんだかわからないが、コロコロと表情の変わるコイツは見ていて飽きない。



「じゃあまたな」

「うん。ありがとうございました!」



鞄にカルテをしまい、荷物を整える。
その時鞄の中に入っていたものに気が付く。
危うく忘れる所だった。
それを手に取り今だニコニコと自分を見送る相手に放る。



「っと、何だこれ……クマ?」

「まだ少し気が早いが、快気祝いだ」



友人なんていない自分に唯一いる知り合いの一人に、何がいいか問いただした結果購入した物体。
手の平ほどの大きさのそれは、ちまたで流行っているのだとそいつは言っていた。
店でそれを掴んだ時、店員に彼女にかと聞かれ一瞬ポカンとしたのはつい最近の事だ。



「かわいーシロクマだな!」

「流行っているらしい。名前は確かベポとか言っていたな」

「お前ベポっていうのか。ありがとうロー、大事にする!」



それから軽く挨拶をしてすぐ部屋を出た。
何年も通っているが、この家の空気には慣れることがない。
あの部屋もそうだが、外壁と同じ様に真っ白な内壁。
汚れが一つもないく必要以上のものがない綺麗に片付けられた家は、兄の性格なのだろうか。



「……まるでここが病院だな」



少し、息苦しい。













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テーマ「人外ファンタジー」
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