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今その手に何もなければ、


エールでパロ。







パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。

いつの時代か、そんなことを言った人間がいた。
贅沢な暮らしをしていた人間はとんでもないことを言い出すものだ。
そんなことを言った結末で首を切り落とされても仕方が無いだろう。
さて、ではこの時代ではどうだろうか。

パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。

恐らくその台詞に周りはなんの反応も起こさないだろう。
パンがなければ、お菓子もなければ、何もなければ。
そんなこと、どんな小さな子供でも答えは知っている。

何もなければ、お金を稼げばいいじゃない。













久しぶりの客はかなりの上客だった。
顔もよければ羽振りもいい。
こちらが提示する前に沢山の紙切れをポケットに押し込まれた。
確か医者だといっていたか、趣向が少しだけ残虐だったが別にどうということはない。
これで腹が脹れるのだから構いはしない。
ヒリヒリと痛む両の手首を摩りながら、明日の飯は久々に肉が食えると考えていた。
あまりに貧弱な体では客も感触が悪いと相手にしてくれない。
適度な脂肪も必要だと最近学んだ。
体というのは何をするにしても重要である。
だからその体を作り上げる食事と言うものはとても重要だ。
そして食事をするには金がいる。
それなりの金でなければ満足する量は食べられない。
そしてその金を稼ぐために体が必要なのだ。
と、この連鎖から人は逃げることが出来ない。
どれか一つ疎かにする、それは死を意味しているのだ。



「おかえり、ルフィ」



引きずるようにして動かした足は、自然と家へ向かっていたらしい。
ちょうど家から出て来た兄が自分を出迎えてくれた。
ただいま、と声をあげようとしたが自分がまだ汚い体のままだと気付く。
伸ばした腕を引っ込め、兄が自分の存在に気付かず家に戻るのを待った。



「あれ、ルフィの気配がしたんだけどなぁ……」



視線は勿論自分を射止めている。
が、兄は自分が見えていない。
視力を三年前に自分のせいでなくしてしまったからだ。
そのまましばらく黙っていると兄は諦めたのか家に戻っていく。
それを見送ってから、自分も家へと入っていった。



「おかえりルフィ、飯できてるぞ」

「ただいまエース。ごめんな、先風呂入る」

「そか。わかった、タオルと着替え用意しといてやるから先に行ってこい」

「ありがと」



部屋の奥から聞こえた声に安堵する。
これだけ距離があればあの独特の臭いも届かないであろう。
逃げるように足早に浴室へ駆け込んだ。
浴室から出ると、そこにはお気に入りのバスタオルと服が用意されていた。
兄を待たせてはいけないと素早く衣服を身につける。
首にタオルをかけ、半乾きなのも気にせず居間に向かう。
テーブルに並べられた質素ながらも美味しそうな食事に、お腹も音を立てた。
すでに腰を落ち着けお茶の準備をしていた兄はその音にクスリと笑みを浮かべる。



「今日も仕事大変だったのか?」

「うん、今日は久々に体を動かしすぎた気がする」



小さな工場に勤めていると兄にはいってある。
そんな嘘、兄はとうに気づいているかもしれないが毎日お金を持って帰ってくる自分に何か言うことはない。



「とりあえず髪乾かしてから飯にしろよ」

「大丈夫だよ、夏だからすぐ乾く」



兄は見えない筈の目で自分を良く見ていた。
だから、今している自分の仕事も薄々感づいていると思う。
それでも兄は自分に仕事を辞めさせようとしたり軽蔑したりしないのは、結局それしか自分達は生きる術が無いのを頭では理解しているからだ。



「今日は結構沢山もらったから、明日は肉買ってくるな!」

「贅沢は敵なんだぞ、ルフィ」

「いいじゃん、今贅沢しないとこの先一生できないかもしれな」

「ルフィ!」



ガシャンと音を立てて食器がひっくり返った。
もともとそんなに入っていなかったため料理が無駄になるなんてことはない。
立ち上がった兄を、ただ呆然と見上げた。



「そんな言い方、今度またしてみろ。兄ちゃん全力でお前を殴るぞ!」

「………ごめん」



この先一生だとか、将来はだとか、そんな話しをすると決まって兄は息を荒げた。
勿論あれがしたいだとかこれが欲しいだとか、願いや希望を口にするときは兄も相槌をうってくれる。
でも今回のように、今を重視しての未来の話を兄は嫌った。



「明日は久々に一緒に買い物に行こう。仕事は休め」

「でも」

「休め」



有無を言わさぬ剣幕の兄にもう頷くしかなかった。
大人しくなった自分を、兄は少し強く言い過ぎたと抱きしめてくれる。
その優しさだけで満足だった。



「たまにはのんびりしよう、お前も休みなく働いていたらいつか倒れちまう」

「うん……」



兄の厚い胸板だけが、今を生きる自分にとっての安らぎだった。
兄がいなければ、今ここに自分はいなかった。
だから兄のためにならなんでもしたかった。
例え倒れて野垂れ死んでも良かった。
でももし自分が死んだら、兄は今後金を稼ぎ食事をして生きていく術を失う。
目が不十分な事もあり、仕事にもありつけないだろう。
だから自分は生きなければならなかった。
兄があの時自分を守ってくれたように、自分も身を呈して兄を守るのだ。
それでももし、万が一自分が先に命を落としてしまったら。
その時は。



「エース、今日は一緒に寝よう」

「なんだ改まって。いつも一緒に寝てるじゃないか」

「今日は、ねよう」

「……疲れてるんじゃないのか?」

「明日は仕事休むから……だから、ねよう」

「わかった。今日は一緒にねよう」



食事が済んだ食器はまた明日洗うことにした。
明日出来ることは明日やればいいのだ。
ただ、今は兄が欲しかった。
















パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。

この台詞に、周りはなんの反応も起こさないだろう。
パンがなければ、お菓子もなければ、何もなければ。
そんなこと、どんな小さな子供でも答えは知っている。

何もなければ、お金を稼げばいいじゃない。

ではお金が稼げない人間はどうすればいいのだろうか。
そう、兄のような人間はどうしろというのだろう。
パンがなければ、お菓子がなければ、何もなければ、お金も稼げなければ。



死ねと、いうことなのだろうか。





















今その手に何もなければ、

(私を食べればいいじゃない)












それはもっとも残虐で、しかしもっとも愛のある神聖な行為だと考える。



END



本当は小話にうp予定だったのに無駄に長くなりました。
エースの目が見えなくなった理由とか色々書きたかったけど省略←
でもいずれ書きたいです。
ちなみにルフィさんがお相手した客は言わずもがなローさん。



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