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プラネタリウムでさよなら


エール?くらいな現パロ。
甘くないです。







「段差あるから気をつけろよ」



手を引いて歩く距離は、小さい頃と比べ随分開いたと思う。
あの頃はすぐにどこかへ行ってしまう弟から目を離せなくて、心配で常に背中を見つめていた。
小さい背中はチョロチョロと動き回り、ぐいぐいと小さな力で己を引く弟の姿に愛おしさが募った。
活発な弟だった。
どんなことにも好奇心を持ち、惹かれるままに行動した。
その姿は見ていて飽きなかった。
あれから7年。
弟は突然視力を失った。
突然の事故だった。



「風、気持ちいな」



見えない目を開いてこちらをじっと見つめる。
思わず視線を反らした。



「今日は雨降るなぁ」



においに敏感になった弟は、すんと鼻を鳴らしてそう言った。
そうだな、適当な相槌をする。
恐らく感覚に敏感になった弟にはもうわかってしまっているかも知れない。
些細な空気とか、声色とか、触れた時に感じる筋肉の動きだとか、そんなもので。



「なぁエース」

「なんだ」

「今晩さ、星見に行こう」

「星?」



見えるはずない目で星を見たいという弟に首を傾げる。
唐突なことを言い出す所はあの頃から変わらない。



「少しくらいならさ、光はわかるから」



虚ろな瞳でこちらを射抜く。
あるはずのない強い視線が苦しい。



「ベランダからじゃダメか?」

「ダメだ。連れてって、あの丘がいい」



昔、小さな頃両親の目を盗んでよく遊びに出かけた小さな丘。
田舎町の外れに住んでいた自分達の、家のすぐ裏にあった丘。
両親があの事故で死んでから、二人だけになった自分達が生きていくために売った丘。



「……ここからだと少し遠いから。今から向かうぞ?」

「うん」



迷子にならないように。
結局今だ俺は弟の手を引いて歩く。
何度かこの手を離そうと思った。
でも出来なかった。
弟だって好きで視力を失ったわけじゃない。
だから俺は、自分がしてやれることをしてやりたいと思った。
この想いは嘘じゃない。
言い聞かせているつもりもない。
電車を二つ程乗り継いで、後はバスで町まで向かい、町からは歩いて、やっとあの丘にたどり着く。
その頃には辺りはもう真っ暗で、きらきらと夜空いっぱいに星が輝いていた。



「着いたぞ」

「ありがと」



首が痛くなる位見上げた空は、都会では見ることができない程星が強い光を発している。
音がなかった。
都会のような人や物が溢れていないからか、静かでそれが逆に恐ろしくて。
時折吹く風が肌を撫でる様に吹き抜けて、ぞわりとした感覚を生み出す。
少しだけ、弟の手を強く握った。



「あれ、一番光ってる」



惹かれるように前に歩みだした弟。
視力がなくなってから初めて、弟の背を見た。



「きれい、だな」



自分も誘われる様に一番に輝く星を見上げた。
風に乗って、雨のにおいがする。



「……なぁルフィ、雨降りそうだから帰ろうぜ」



依然空を見上げたままの弟は、俺の言葉に振り返ろうとしなかった。
ただじっと見上げる。
唯一目に出来た光だけを、見上げる。



「おいルフィ、兄ちゃん帰るって」

「エースは帰ってくれ」

「は?」

「俺はここが帰る場所だ。ありがとう、もう十分だ」



言うだけ言って、満足したのか俺の手からすり抜けようと前へ歩みはじめた弟。
これ以上ここにいれば冗談ではなくびしょ濡れだ。



「エース、ありがとう!」



振り向いた弟は、何度も俺にそう言った。
声が枯れるまで叫んで、俺に何も言わせないで。
雨が降った。
風が吹いた。
静かな雨も、強い風も、俺だけに向かってくる。



「此処に生まれて、ごめんなさい」



だからもう、俺は死ぬよ。
弟は笑って言った。
そんな事を言わせるためにここに連れて来たんじゃない。
そんな事を思わせるために側にいたわけじゃない。
最後まで触れ合っていた手を必死で掴む。
待て、行くな、俺を、置いて!?

でも弟は、そんな俺の手に爪を立てて、ばいばいと言った。






















目が覚めた時、俺は母に抱きしめられていた。
身体が怠い。
知らない部屋に知らないにおい。
狂ったように俺の名を繰り返す母に強い力でしがみつかれて、肩はぐっしょり涙で湿っている。



「ルフィ……?」



掌に感覚。
ぼうっと向けた視線の先、やけに眩しい蛍光灯が、俺を静かに照らしていた。







プラネタリウムでさよなら


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