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空知らぬ雨の子守唄






弟は、決まって雨の日に目を覚ました。

出掛けは日の光が射すように輝いた日も、病院に着いた頃にはどんよりと厚い雲が空を覆い、病室に着いた頃にはとうとう雨が降り始めるのだ。
しとしと、ざあざあ、激しくなる音を遮ってベッドに眠る弟の名を呼ぶ。
身じろぎするだけで最初はなかなか起きない。
でも、根気よく声をかけ続けると次第に瞼を開き夢から帰ってくるのだ。



「おはよう」



挨拶は必ず額にキスもしてやる。
擽ったそうにして、でも嬉しそうに同じようにキスを帰してくれる弟を一度強く抱きしめた。



「ごめんな。今日も雨だ」



弟は、生まれた時からずっとこの病室にいる。
病名はわからない。
原因もよくわからない。
ただ昏々と眠り続け、誰が何をしようと目を覚まさない。
父が、母が、先生が。
声をかけても眠り続ける弟は、兄である自分の声だけで目を覚ました。
まるでお伽話のお姫様みたいね。
母は少し悲しそうに語る。
それじゃあお前は王子様かな。
父は少し寂しそうに話す。
でも、自分も弟も、王子様でもお姫様でもない。
だって弟は、またすぐに眠りについてしまうのだ。
覚めない夢、弟にとってはどちらが現か夢か、わからなくなっているだろう。



「お腹すいたろ?飯、食べような」



点滴で済む筈の食事も、看護士に頼み自分が来た時は用意してもらう。
少しでも、こちらが現であると認識してくれればと続けていることだ。



「ルフィ、どうした?」



口に運んだ食事はいつも少しづつだが飲み下す筈が、今日は唇に触れたスプーンを一向に含んではくれなかった。
仕方がなく皿に戻し、じっと料理を見つめる弟の頬を撫でる。



「………で、待ってるんだ」

「ん?」

「あっちで、待ってるんだ」



ただ、一言。
それが心に重くのしかかる。
あっちで、待ってる。
それはこちらを現と理解したのか、それともあちらを現と判断したのか。



「兄ちゃんが、待ってる。一人は寂しい」

「ルフィ、兄ちゃんはここにいるだろ?」

「兄ちゃんには今俺だけなんだ。他に抱きしめてくれる人はいない」

「ルフィ……それは夢だ」

「違うぞ、夢じゃない」



はっきりとこちらを見て、行き場を無くした手を握りしめて弟は言う。



「でもこっちも夢じゃない。だからまた起こして。俺を起こして。雨が降ったら、俺を起こして」

「ルフィ、待てまだ話しが」

「愛してる、ずっとずっと。ただ一人。約束したよな、兄ちゃんだけに伝える言葉」



愛してる。
それだけ言って、弟はまた眠りについてしまった。
あれだけ五月蝿かった雨は次第に弱まり、太陽は少しずつ顔をだしている。
テーブルに残された食事を見つめ、日に日に増える残量に溜息しか零れない。
夢に堕ちた弟をそっとベッドへ横たえる。
寝着の隙間から見える傷は、ここから出たことのない弟には有り得ない傷だった。
治療しても治療してもまた新しい傷が出来ている。
もしかしたら、これは夢でつくってきたものなのかもしれない。
そんなことは有り得ないとわかっていても、もうそれしか考えられない現状に途方に暮れた脳は、考えることを既に放棄し受け入れることを覚えている。



「なあルフィ、愛してるなら行くなよ。俺を置いて行かないでくれ。一人は、寂しい」



眠りにつく前にくれる言葉に縛られて、そうして俺はまたお前が目を覚ますのを待つのだ。

早く、雨が降ればいい。














空知らぬ雨の子守唄

(なぁルフィ、エースって誰だ?)








END

夢と現を行き来する、スーパー少年ルフィ君。
あっちの世界とこっちの世界、少年ルフィはどちらを取るのか!?

そんな妄想大爆発した結果がこれだよ。
すみませんでした。


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