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仮想世界


エールで現パロ。













休むことなく画面に向かい、キーボードをたたき付けた指が最後の記号を画面に刻む。
後は最終テストを行って、正確に起動すればこの仕事も終わるだろう。
残業続きでどうやら相当疲れていたようだ、両腕をぐっと伸ばすとばきばきと音が鳴っていた。



「お疲れさん」



そっと出すコーヒーの香りに上げた顔は、やり切り疲れきった表情だ。
少し早めに終わっていたのだが、どうせだからと残って手伝って正解だと思う。



「お疲れ。あーマジ肩痛いわ」

「肩もそうだが立ってみな、腰も相当やばいよい」



言葉に従い腰を上げた同僚は、言い難い痛みと痺れに苦悶の表情を浮かべた。
その分だと伸ばす事も辛いだろう。



「いーっ……マジつら」

「膝にも来てるから気をつけろよい」

「まだ若い筈なのに、くっそー」

「二十代じゃないんだから諦めるんだな」



机に突っ伏し口を尖らせて唸る姿に、可愛くないからやめろと軽く頭を殴った。
それに軽くブーイングをしていた同僚だったが、前に伸ばした腕をふと見て、確かに艶というか張りというか、そんなものが幾分なくなったような、なんてぶつぶつと呟いている。



「いや、まだまだ俺は若い!そしてルフィは可愛い!!」

「弟だってもうすぐ三十路だろい」

「なんだとぉ!お前これが目に入らぬか!!」



と、ずずいと見せ付けられた携帯の待受は同僚曰く可愛い弟の満面の笑み。
頭に被った麦藁帽子はまだ早いが夏の近づきを感じさせる。
画面に向かって微笑まれる姿は、随分と昔、確か弟が大学生の頃に直接会った時と寸分変わらぬ姿で驚かされた。
自分がこの同僚エースと会ったのは確か彼が二十歳の頃だ。
その頃はまるで疲れなんて知らないとばかりな精悍な若者だった。
肉体労働の方が似合いそうな見た目とは反し、画面に向かって着々と仕事をこなす姿はギャップがあり入社当初から良く異性にモテていた。
言い寄ってくる女性の数は、会社にいる女性社員とほぼ変わらなかったのではないかと思われる。
しかしそんなより取り見取りな環境にあるにも関わらず、勤続十年になるこの男は誰一人として付き合うことはなかった。
理由はあの待受画面をみれば一目瞭然かと思う。



「可愛いだろー?っとにさーこないだもー」



この男には三つ下の弟がいる。
そりゃあもう何にも代え難く、溺愛して止まない可愛くて仕方がない弟らしい。
まぁたしかに顔は童顔だし、目は大きい。
兄と余り似ていないのか整った、とまでは言えないが可愛らしさがそれをカバーしている。
というかずば抜け過ぎて可愛い、のかもしれない。
そんな弟を男は守らなければならないと言った。
まぁ確かにまだあの頃は高校生だったし、両親もいないとかで大変だったのだろう。
しかしそれも学生までだと思っていた。
なんとか大学を卒業させた後は勿論親離れならぬ兄離れをするものだと思っていた。
誰もがそう思っていたのだ。
が、期待に反して、というか想像通りというか、この男は弟意外に興味がなかった。
もういっそ清々しい程に弟にしか興味がなかったのだ。



「……なくて、でも最近はオーブンも使えるようになったからメニューも増えたんだぜ!」



弟は大学を卒業したのち一年間は企業に勤めていた。
しかしその後は仕事を辞め、アルバイトをしながら家で家事をすることが主になっている。
仕事を辞めた理由は聞かなかった。
恐らくこの男が原因だからだ。
それから始めたバイトも週に2日で、昼から夕方までというまるで主婦の小遣い稼ぎといったものだ。
実際生活費はこの男の給料で十分すぎるなのだから、弟が自分のものを買うお金を稼げればいい。
それ以外の時間は家にいるので、アルバイトはほぼ気晴らしに近いようだった。



「あー可愛いなぁー。本当は家事が大変だからバイトもしなくていいって言ったのにさ。あいつ、俺にばっかり頼れないとか言って」



そういえば、弟は高校を卒業するときもそんなことを言い就職を予定していた。
しかしエースの強い要望により結局大学に入学したようだった。
更に大学卒業後、就職したら自分も生活費を入れると言ったらしいがこの男はその申し出を断ったらしい。
今後も考えて貯金しろ、自分で稼いだ金は自分のために使えと。
しかしそれを聞いた弟はやや反抗したようだった。
それなら兄はどうなんだ、自分のために使えているのかと。
それで少し口論になったと聞いている。
普段から兄の言うことは絶対で口答えなんかしたことない、なんて耳にしていたのでその話を聞いた時にはそりゃあ驚いたさ。



「で、あれからその可愛いルフィは我が儘言わなくなったのかよい?」

「んー?可愛い我が儘ならたくさんあるけどな」



だらし無く鼻の下な伸ばしながらポチリとキーボードを押す。
実行されたデータはどうやらうまくできたようで、プログラムの問題はなさそうだった。



「うし、終了っと。なぁ、パソコンてさ、こうやって俺らが命令プログラム作ってやれば思う通りに動くじゃん?だけどさ、人間ってうまくいかないよなぁ」

「はぁ?当たり前だよい。てか何言い出すんだお前」

「人間もさぁ……0と1だけで出来てて、命令通りにならないもんかな」



カチカチカチカチ、マウスを弄りながら意味不明な事を言い出したエースに返す言葉が浮かばなかった。
思わず逸らした視界に、エースのいつの間にか空になったコーヒーカップが目に入る。
恐らく疲れているのだろう、だから先程から取り留めもない言葉ばかり口走るのだ。
置かれたカップにおかわりを注ごうと机の隅へ手を伸ばすと、急に腕が捕まれる。



「っ……と、おかわりはいらないか?」

「いらねぇ。なーんもいらねえ」



画面を見つめたまま表情をなくし、抑揚のない音だけを発する姿に身体が少し緊張する。



「せめてこの世界がパソコンの中みたいに0と1だったらいいのに」

「エース……?」

「あー……ルフィに会いたい、あいたい」



ゆっくりうなだれる姿をじっと見つめた。
会社に缶詰続きで暫く弟に会えなかったのが相当堪えたらしい。
それにしてもこの男の弟に対する異常な愛情は知らぬ間に少しずつ形を変えていたようだ。
愛情を振りかざした束縛に、弟は今どう感じているのだろう?



「会いてえなぁ……ルフィ、兄ちゃんはルフィ不足だ」



机に置かれた携帯には幸せそうな弟の顔。
こちらに向ける笑みは眩しいくらいで、思わずこちらも笑顔になる。
昔から変わらない姿、そう、大学生くらいの頃と……



「なあ、エース。今度の休み邪魔してもいいか?」

「かまわねえけど、いきなりどうしたんだ?」

「や、こんだけ見せつけられたらルフィに会いたくなってな」

「ルフィは俺のだからな!……でもま、いいぜ」



ニコリと笑んで、画面の向こうの弟に指先で触れる。
エースの視線は画面から反らさせることはない。
後ろ姿を俺はただ、見つめることしか出来なかった。












仮想世界

(この世がもし神様ってやつに支配されてる世界ならどうしてルフィを俺だけのものにさせてくれなかったのだろう、と彼は語る。)









END



マルコとエースが話をすると、決まっておかしくなったエース君が生まれるのです。
それはきっと、マルコがエースより大人だからエースが少し幼くなるのです。
欲しいものは欲しい、手に入らないと嫌、逃げるなら捕まえて、閉じ込めて、自分の掌に納める、マルコの前では我の出るエース君なのです。
マルコはルフィに会えたのかな。
とりあえず、三十路過ぎた兄弟は美味しいよね。

色々意味不明ですみませんでした。


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