短 | ナノ
ちょこれいとの唄 2





「ちょっこれいとー。ちょっこれいとー。ふんふんふふふん」

「なぁにへたくそな唄歌ってんだよ」

「お、サンジ遅かったな」

「……クソマリモの野郎が来てたからな」



帰ってくるなり相変わらずの口調に思わず笑ってしまう。
まったく、サンジとゾロの仲の悪さには困ったものだ。



「あ、でも喧嘩するほどなんとかってやつか?」

「そんな事いう奴にはデザート出しませんが」

「わーっごめんなさい!食べる食べる早くサンジー」



店に漂って来た甘い匂いに只でさえ我慢ならないというのに、こんな状態でお預けは勘弁したい。
机越しに縋るように必死にお願いする。



「お願い。サンジサマー」

「……仕方ねぇな。本当なら、レディ達にお召し上がりいただくのが先なんだが、本日は特別という事で誰よりも早くお前に食わせてやる。有りがたく食えよ」



そう言って机に出された作品に、目はくぎ付けになった。
少し大きめの更に乗せられた茶色く丸いケーキの様なもの。
白い粉が少しかかっており、横にはイチゴが幾つか可愛く盛られている。



「フォンダンショコラだ。そのまま一気食いすんなよ?フォークで割って、少しずつ味わって食え」

「うんまそーっ!」



さっそくフォークを片手にケーキを半分に割る。
すると中から溢れ出るチョコレート。
それに思わず目を奪われる。



「焼き立てだから少し熱い。気を付けて食え」

「いただきます!!」



ルフィにしては珍しく一口サイズに取ったケーキを口に運ぶ。
すると一気に満面の笑みが浮かび、うまいうまいとあっと言う間に平らげてしまった。



「んーっもうちょっと食いたかったなぁ」

「あとちょっとってのがいいんだよ。何事も一歩手前の方が。だからお前もこれから飯は腹八分目にしとけ」

「それは無理な相談ってやつだ」



ししっと笑いぴょんと席を立つ。
そろそろ兄が戻ってくるかもしれないので、船に帰らなくてはならない。



「ご馳走様、またいつか食いに来るよ」

「あぁ。そん時までには新しい新作用意しておく」

「うっひょーっ!楽しみだな!!」



そう言って首にぶら下がる麦わら帽子をかぶり直そうとすると、いつの間にかカウンターから立ち自分の目の前にやって来ていたサンジ。
そして何故か帽子をかぶせてくれる。



「サンジ?」



深くかぶせられて前が見えない。
相手の名前を呼んでみるも、応答なし。
困ったルフィはもう一度声を掛けようとしたが、その声は音になる事はなかった。



「サ…んンッ!?」



唇に触れた感触は一瞬だ。
それでも伝わった温もりに、何が何だか分からないルフィは首を傾げる。



「ハッピーバレンタイン、ルフィ」



そのまま追い出されるように店から出る。
また突然起こった事態と聞き慣れない言葉にルフィは困惑するばかりだ。



「……よくわかんね!」



そう呟いてから、ルフィは来た道を戻り船へと向かった。
勿論あの唄を歌いながら。



「ちょっこれいとー。ちょっこれいとー」



もう癖になって頭から離れなくなった唄を歌いながら、来た時よりも少し人の減った大通りを歩く。
すれ違った何人かからは、別れを惜しむような言葉を掛けてもらった。
それが嬉しくて、またここに寄りたいと思う気持ちを胸に足を速める。



「ルフィ!」



そんな中、またルフィは新たな人間に後ろから声を掛けられた。
振り向けば目に入るのは鮮やかなオレンジ色の髪と艶やかな黒髪。



「あ、ナミにロビン!」

「アンタ達、明日出航なんだって?私達全く知らなかったんだけど!」

「ごめんナミ、忘れてた!」

「……アンタねぇ」

「まぁいいじゃない、こうして今会えたんだから」



穏やかな笑みを浮かべてルフィに向き合うロビンは、その笑顔のまま手にしている袋を差し出した。



「これ、お別れに」



渡された袋を覗くと、そこには大きく実ったミカンがたくさん入っている。
確かナミの家には大きなミカン畑があると言っていたのを思い出したルフィは、ミカンを見つめた後視線をナミへと移した。



「ウチのミカン、結構高いんだから。特別よ」

「マジで?ありがとうナミ!」

「ロビンが収穫手伝ってくれたの。それをおすそ分け」

「ロビンもありがとう!」



嬉しさを表現するため二人に抱き付いた。
そんな自分の行動もはいはい、と受け止めてくれるこの優しい友人達。
そして人目もはばからず異性に抱きつくといった行動も、ルフィだからこそ許される。



「本当はナミはすんげぇ航海士になれるし、ロビンはすげぇコウコガクシャだろ?だからエースとサボに一緒に連れていきたいって相談したんだけどさ」

「んーそれは無理でしょうね」

「そうなんだよぁ…」

「まぁあのお兄さん達なら当たり前じゃないかしら」



ふふふ、と笑みを浮かべる二人にルフィは首を傾げる。
全く、今日は自分にはよくわからない事がたくさん起こって首が痛い一日だ。



「それで?今日はお兄さんと一緒じゃないの?」

「エースもサボも朝から買い出しなんだ。なんかどうしても欲しい食材があるんだって」

「あら、じゃあ今ルフィは一人なのね」

「おう!さっきまでゾロとかサンジとかと一緒だったんだけどさ。なんか二人ともよくわかんねぇ……なんだっけな、『ばらんたりん』とか言ってプレゼントくれたりすんげーうまいチョコケーキくれたんだ」

「はぁーん」



ルフィの言葉にナミはニヤリと笑みを浮かべて何か分かったような顔をする。
それにロビンはクスクスと笑うだけ。
しかし二人とも何かしら納得したような顔であった。



「だからゾロは道案内を頼んだわけね」

「コックさんも、材料集めに必死だったわね」



ルフィにはさっぱり何がなんだか分からないため再び首を傾げるばかりだ。
しかしこうも何度も同じ状況続くと気になって気になって仕方がない。
我慢できなくなったルフィはとうとう二人に問いかけた。



「なぁ、『ばらんたりん』ってなんなんだ?」

「……そうね、ルフィは知らないのよね」
「じゃあ今から一緒に行きましょう?すぐ終わるから」

「行く?良くわかんねぇけどすぐ終わるならいいぞ!」



というわけで、ルフィは『ばらんたりん』の真相を知るために、ナミとロビンに連れられ町の中に消えて行ったのである。









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