雑談3−2
部員達が何の気なしの暇潰しで落書きをした状態のまま放置していた黒板を、最初こそ「しゃーないなぁ」と特に気にしていなかった白石も(でも落書きしているのを見るたびに「ちゃんと消してや」と注意はしていそう)、日に日に増える一方で消される気配は一向にない落書きの山にいよいよ見かねて、
「こんなんごちゃごちゃ描きっぱなしにしてたら、いざ大事な用事書く時に困るやんか」
はーっと大きなため息を一つ付き、自分もチョークを手に取り落書きを開始するのです。
それを見ていた謙也が、白石の言ってることとやってる事の違いにキョトーンとした顔をして「え?消すんちゃうの?」と聞けば、白石は落書きをする手を止めることなく、しれっと「消す消す」
でも言葉に反して白石の手はさらさらと謙也んちのイグアナやら自分ちの猫ちゃんやらを描いているので、やっぱり謙也はキョットーンとした顔のまま「え?消すんちゃうの?」
訝しげに首を傾げて落書きに勤しむ白石を注視。
「これ、なんかの魚に手足つけた半漁人やろ?」
っていう出来の白石作の自分ちのイグアナちゃん(らしき生物)と、今度は意気揚々とカブトムシを描き始めた白石とを胡乱な眼差しで見比べて、「いや、ほななんで落書きしてんの?消すんちゃうん」と謙也が重ねて聞けば、やはり白石は落書きする手は止めずに「俺は別に無意味に落書きしとるわけ違うねん」
「いや、え?」
これに何か意味あんの?っていう眼差しで、謙也が再び半漁人のイグアナもどきを凝視するれば、
「最近黒板の掃除してへんかったやん?せっかくやから水拭きしようと思てんねん」
「あー……あ?」
一瞬的を得てない白石の返答に納得しかけてから、ハタと「いやいや、全然答えになってないやん」と気付いた謙也が眉間に皺を寄せて「いや、それの何がせっかくなん」
と改めて聞き返せば、ちょうど違う色のチョークに持ち替えていた白石は、やっと謙也の方を見てにっこり。
普段あまり見せないような喜色満面の笑みを浮かべて見せるのです。
明らかに何か腹に一物を孕んでいる系のその笑顔に謙也の方も露骨に不可解そうな顔をして、マジマジと白石の顔色を伺えば、白石本人はやっぱり満面の笑顔のまま、
「誰もしいひんなら仕方ないやんな。俺が今から掃除するわ」
「なら俺も手伝おか」
「ありがとう。まあ聞いてくれる?」
「何」
「掃除し終わったらな、「落書きしたら強制罰ゲーム」っちゅー張り紙をしたろうと思てんねん」
「え?」
「せやからそうする前に俺も思いっきり落書きしとこう思て、今落書きをしてんねん」
「そういうこと?」
「そういうこと」
で、極めつけと言わんばかり再び白石が口の端を持ち上げてにっこり笑って見せると、その笑顔に「これはまずい」と、「こいつ本気で何かやらかす気ちゃうんか」と察知した謙也が、「強制罰ゲームって。別にそこまでせんでええやん」
宥めに掛かれば、今度は自分の小説の登場人物の名前を書き連ねて何やら物語の整理でもし始めていた白石は、少し遅れて「あー…………」と一度生返事の返してから、すぐに改めて謙也の方に顔を向け、しれっとした涼しい顔色で「やって何回言うてもきかんやろ」
「怒ってんの?」
「怒ってへんよ。ただな、だらしないのが嫌やねん。せやけど言うて聞かへんねやから、そんなんもう体に教えるしかないやろ?」
「た、体罰や」
「体罰ちゃう。実力行使。教育的指導。言うこと聞けへん子には毒手チョップしたろうと思てる」
「チョップて、チョップてお前。やっぱ体罰やないか」
「体罰ちゃうって言うてるやろ」
「ほな暴力?どっちも同じやっちゅーねん」
「せやから教育的指導って言うてるやん」
「いや、どっちでもええわそんなん。とにかく強制罰ゲームはあかんて。もう一回ちゃんと注意して、ほんであかんかったらまたそれは考えればええやん。ちゅーか部室掃除する時に黒板の掃除もすればええだけちゃうん?」
謙也の提案に、もはやにっりを通り越してニヤニヤしていた白石が素の表情に戻って「せやな」
「まあ、謙也がそこまで言うなら?今回は自分に免じて譲歩してあげてもええわ」
白石があっさり了承して見せると、謙也の方が難しい顔になって「じょーほっちゅーのは?」
「自分の主張をまげて相手の意見と折り合いをつけること」
「意味はわかっとるっちゅーねん!」
「ほんま?なんかわかってへん感じの発音やったやん」
「発音くらい好きにさせろ。え?で?白石はどう譲歩してくれるっちゅーねん」
「せやなあ。張り紙の文章は「落書きして消さない奴には脳天に毒手チョップを叩き込みます」にするわ」
「結局チョップするんか!どこが譲歩してんねん。むしろ怖なってるやろ」
「してるやろ?思い出して思い出して。最初は落書きした時点で強制罰ゲームやってんで。でも消さへんかった場合に譲歩してあげてるやん。ワンクッション置いてあげてるやん?」
「一応の猶予は与えとるってこと?」
「そう」
「ははー……いやいやいや。何が猶予やねん」
「まあ嘘やねんけど」
「は?」
「ちゅーかチョップなんかほんまに出来るわけないしな。そもそもするわけないし。可哀想やん。暴力行使で強制するとか、そんなん部長としての威厳ガタ落ちやし。まず人としてあかんし。あと俺は暴力よりまず穏やかに対話して問題解決したい方やし?それが後腐れなく一番ええ方法やと思うやん?」
「は?」
「ごめんな。なんか謙也が途中で分かりやすく顔色変えてたのが面白かったから、ちょっと調子に乗ってしまった。話を盛りました。冗談でした」
「はあ?冗談?どっから?」
「とりあえず張り紙とチョップは冗談」
「……お前ほんまええ加減にしろよ」
「怒った?ごめん」
「怒ってへん。でもちょっとムカついた」
「それ怒ってんのと違うかな。でも黒板の掃除はほんまに定期的にせなあかんなぁとは思てんねんで」
「へえ」
「いや、これはほんま。やって黒板よう見て。ちゃんと掃除してへんからめっちゃ白っぽくなってるし。チョークの粉も溝にむっちゃ溜まってるやん。こんなん空気中に舞ってたらめっちゃ体に悪そうやん」
「ああ」
「なので謙也くんの『部室清掃に黒板掃除も盛り込む』という提案は部長権限で即時可決されました。おめでとう!次の掃除の時みんなに言うとこ。ちゅーかなんで今までそうしてへんかったんやろう。……あ、あー、そっか」
「何」
「俺が我慢出来んくなった時に掃除してたんや」
「自分綺麗好きやんな」
「そういうわけちゃうけど。まあたまに消してただけやし。あ、ひょっとして俺の見えない優しさに感動してしもた?」
「いや特に」
「しろよ。しとくとこやろそこは。まあでも謙也くんの優しさの足元にも及ばへんから仕方ないかなあ」
「は?」
「ところで黒板水拭きは今からほんまにする気なんやけど」
「掃除の時することにしたんやろ」
「週一でしかしいひん部室の掃除をしたのが昨日やん。来週までこんなん放置しとけるかっちゅーねん」
「やっぱ綺麗好きやんか」
「普通やろ?いや、優しい謙也くんはもちろん手伝ってくれるんやろ?ちゅーかさっき手伝うてあげるって言うてたやんな?」
「いやいやいやいや。言うたけども」
「反故にする気か」
「ほごって」
「約束を取り消しにす―――」
「意味は知っとるわ!」
「あ、そう?ならええけど」
「ちゅーかあれが約束?」
「そんな……あれはその場凌ぎのリップサービスやったんか……」
「ちゃうけど。約束ではないやろ?」
「やっぱり口先だけやったんや……!」
「手伝う。手伝います」
「ありがとう!謙也くんは優しいなぁ!」
「あんま嬉しくないしなんか納得がいかへんねやけど」
「え?そお?気のせいちゃうの?誉められたら素直に受け取ったらええのにさあ。謙虚なやっちゃなあ」
「ほめられてんの今の」
「あ、落書き残ったまんまで水拭きするとチョークの跡残ってまうから、最初にこれ全部消そうか」
「へいへい」
「返事は一回」
「おかんか」
「おかんちゃう。部長です」
白石は普段から整理整頓や清掃に気を配っていそうなイメージがあります。綺麗好きそう。
潔癖症とまではいかないんだけど、あるべき物があるべきところに収まっていないのに気付くとちょっと落ち着かないとか、あまりに部室も汚すぎるとやっぱり気になって片付けたり軽く掃除をしてしまうとか、そういうレベルの綺麗好き。
自分のことはもちろんだけど、他のこともある程度はきちんとしてないと気になってうずうずしちゃう白石がいいなぁと思います。
部室の掃除は恐らく定期的なペース(週一が妥当だと思います)でそのためだけの時間を取り、部員全員で一気にしているのではないと思っているのですが、それ以外の時も白石は自主練で自分だけ遅くまで残った時なんかに室内にゴミが散っていたりゴミ箱が満杯になっていたりしているのに気付いたら「しゃーないなー」と見かねて自発的に片付けていそうです。
そういうことを誰も見ていない所でやっているから、他の部員達は一切気付いてないとかそういうの。
部員達は「昨日一杯やったゴミ箱がなんか知らんけど空っぽになっとる!」くらいの認識しかしていなくて、でもまあ空っぽになってるんやったらええかーラッキー程度でさっらーと流すのです。
なので、部室の消臭力がいつのまにか新しいフレグランスのものに変えられていても「今度のはええ匂いやなー」くらいにしか思わず、気付けば消臭用スプレーのファブリーズがいつの間にか部内に常備されるようになっていても、「こんなんあったっけ?」くらいで特に誰が持ち込んだかなどは言及しないのです。超無頓着。
そして白石も自分で「俺が掃除してあげましたぁ!」とか「ファブリーズ買って来たから使てなー!」とわざわざ言ったりしないので(本人がきちっとしたいだけだからそういう考えすら頭にないというか、)、ますます部員達は気付かないし気にしないとかそういうの。
部員達が気付く前に白石がやっているのも、他の子らがちょっと無沈着になってしまう理由だと思うんですが。
でもテニス部の会計担当の小春だけは、白石が持ってきた領収書の購入物を見て白石の綺麗好きと(いうか言わないだけで周囲の人はイメージだけで白石は綺麗好きだろうなと、なんかもう直感的に思い込んでいそうな気はします)それ故に部室も細々片付けてしまっている癖をなんとはなしに察しており、「蔵りんはほんまに気が利くなあ」とニコニコしていそうです。
でも白石本人が自分から言わないから小春も特にみんなには言わないとか。
そういう感じを希望。
ついでにあんまり関係ない毒草聖書の妄想もしたんですが、まだ校正してないのでそちらはまた後日。こっそり追記しときます。
黒板の話はとりあえずこれでおしまい。お粗末でした。
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