作品 | ナノ




「髪、切って」

ずい、と亮は刃先の方を握ったハサミを私へ差し出した。亮が持っているハサミは多分百円均一とかで売っているような安っぽいもので、髪を切るには適していないしそんな事より此処は玄関先だ。ハサミを出されてもどうしようもない。目を何度か瞬かせて、私は亮の顔と手にしたハサミを見比べた。

「え、何、どうしたの亮」
「髪切りたいから。駄目なら、サエにでも切ってもらうけど」
「…取り敢えず入って」

サエなら綺麗に切ってやりそうなものだけど、素直にそちらに行かせる訳にも行かなくて私は取り敢えず亮を手招く。皆が幼馴染みのような六角で、今更男女がふたりきり、なんてお互い気にしてはいない。あら亮くんいらっしゃい、なんてリビングから顔を出したお母さんに亮が軽く会釈するのを背中に聞き流しながら、亮も勝手を知っている家なのでさっさと自分の部屋へ向かう。亮が持ちっぱなしのハサミはお母さんに見られてないと信じたいところ。

狭っ苦しい自室に入ってベッドに投げっぱなしだった読み掛けのコミックスを本棚に差し込んで、私に少し遅れて入って来た亮をベッドの縁に座らせた。私はそのとなり。椅子は勉強椅子が一脚しか置いていない私の部屋で、それ以外に座る場所なんて碌に無いんだから仕方ない。

「で、何だっけ。切りたいの」
「短くしたいから、切って」
「短くって、どのくらい」

私の問い掛けに亮は最近話題になっているある若い俳優の名を挙げた。その俳優なら私も知っている。さほど興味がある訳でも無いけれど、最近ドラマで見た。髪型は、短く頭の形に合わせて切ってあったように記憶している。
ただ、その髪型に何か引っ掛かる気がして眉を寄せた。バネともサエとも、いっちゃんとも違う。ダビデの髪型でも、剣太郎の髪型でもなくて。

「…あ」

分かった。そう零したら、亮はふいと私の方から視線を背けた。誰と名前を挙げた訳では無いけれど、亮も「私が分かったということ」が分かったんだろう。そんなにあっさりと分かってしまうのだから、つまりそれほど亮にとっては単純で、そしてとても大きな問題。それなりに長い付き合いなのだ。考えが分からないなどと甘く見ないで欲しい。

「…淳の髪型。でしょ?」
「…だから切ってって言ってるんだけど」

不貞腐れたように言いながら亮は改めてそう言い足して、詰めていたらしい息を大きく吐いた。聖ルドルフに転校していった幼馴染み、亮の双子の片割れを思い返す。あちらに転校してから髪を短く切って赤いハチマキを締めた彼の試合を、私もこの前見に行った。見に行った時には驚いたものだけど、その一回しか見れていないからすぐには思い当たらなかったんだろう。未だに私には淳も亮と同じロングのイメージがある。

亮と淳は、それこそ淳が転校して行くまでずっと一緒で、淳も髪はずっと伸ばしていた。六角にいた頃は見分けが付かなかったほどに。ただ、淳が髪を切ってしまった今再びあの状態を作り上げるとなるとそれはやっぱり、亮が髪を切る事しかない。

「…淳と一緒じゃないの、初めてなんだ」

私から逸らした視線を自分の膝の上で握った百円均一のハサミに向けて、亮はぽつりと呟いた。泣き出すのかもしれないと思ったけれど、亮は泣いてはいなかった。ただ、心底不思議そうに、それがもどかしそうに、真っ直ぐハサミを見据えていた。

淳と一緒にいる事が、淳と一緒である事が、亮にはすっかり当たり前だった。


「…取り敢えず毛先だけ、揃えてあげる」
「だからっ、淳と同じくらいまで、」
「やーだ」

亮が握り締めたままの指を解いてやって、そのハサミを受け取りながらなるべくゆっくり言ったけれど、亮は弾かれたように顔を上げていやいやするみたいに首を横に振った。だけどここは譲らない。譲ったらいけない場所だ。

「亮はさ、それが似合うよ」

海が近い六角中で散々潮風に煽られたって、テニス部の朝練で汗に濡れたって、いつだって亮の髪は女の私よりよっぽど綺麗だ。勿論、淳と同じ髪型が亮に似合わない訳は無いだろう。だけど、今の髪型が亮には似合う。亮は、淳と違う人間だ。それを少し知ったほうがいい。離れていてもどうせ双子である事実は変わらない。姿形が変わっていたって、双子は双子だ。亮の片割れは、淳。そして淳の片割れは、亮だ。それが揺らがないのだから、少しくらいいいじゃないか。

「…勝手にしたら」

じっと見据えた私の視線に、亮は負けてくれた。亮の言葉は投げやりだったけど決して後ろ向きではなかったから、少しの安堵と共に息を漏らして私は頷く。

「勝手にする。椅子、座って待ってて」

勉強机に備え付けの白い椅子を回して、部屋の真ん中に引っ張って寄越す。ベッドから立ち上がった亮がそちらに座ったのを確かめて、私は百円じゃないハサミを取りに階下に駆け降りた。




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