作品 | ナノ




 押しては引いて、また来たと思ったらすぐ帰っていって。波はそんな毎日に飽きないのだろうかと一人哲学的なことを思い耽っていると、視界が何かに覆われる。ごつごつした、手のようなもの。いや、手だ。「だーれだ」なんてお茶目なことを聞いてくるのは、いったい誰だったか。わが校のロミオだ、佐伯だ、佐伯虎次郎だ。その甘い声と甘いマスクに惑わされた女子が数多く存在する。佐伯くん、かっこいい!とかなんとか。
 えーわかんない、と惚けてみると、視界を覆う佐伯の手から解放された。次にわたしの目を襲うのは、赤い赤い、真っ赤な夕日。ああ痛い。

「嘘はいけないな」
「あっ佐伯くんだったんだ。わたしてっきりダビデかと」
「惚けるのも下手だなぁ」

 夕日と同じくこれまた赤いジャージとラケットケース。この二つと彼は切り離せない関係にある。佐伯虎次郎といえば、テニスだ。幼い頃から彼を見てきたわたしがいうのだから、間違いない。

「今日は暑かったけど、大丈夫だった?」

 名前は暑いの苦手だろう、とか。そんな心配をしてもらえるのは、まさしく幼なじみの特権だ。こんな無駄に男前なやつが他の女の子にそんな言葉投げ掛けた日には、その女の子顔から日を噴いて死ぬんじゃなかろうか。あーあ、佐伯くんったら、ほんと放っておけないんだから!

「なんの問題もなかったよ」
「ならよかった。名前は放っておけないな」
「放っておいてって言ったら、そうしてくれるの?」
「名前がそうしてほしいなら」
「じゃあ、放っておいてもらえないなぁ」

 基本、わたしは淋しがりやである。小さい頃から佐伯の後ろをついて回っては「どこにもいかないでね」なんて彼をわたしの側に縛り付けておいた。
 そういえば佐伯の好きなタイプは束縛してくれる人、らしいがそれとこれとに関係性があるかは全くの不明である。

「空、暗くなってきちゃった。寒くなるなぁ」
「そろそろ帰ろうか?」
「んー、いい。まだここにいる」
「じゃあ俺も」
「なんか、わたし、生まれてから死ぬまでずっと佐伯の隣にいそうだなぁ」
「いいよ、それで」
「軽いなぁ、軽いよなぁ」

 台詞が軽くても、重たいっていうか、重みがあるっていうか。あ、この人、本当にそう想ってくれているんだなって感じられる、そんな言葉。
 夕日がどんどん沈んでく。今日が終わると思うと、気持ちまで沈むようだ。さりげなく、佐伯の手に手を重ねると、指をからめられた。あ、行動も軽い。今日が終われば明日が来るけど、明日もまたこうして佐伯と一緒にいて、またこんな気持ちになって、その次の日もって、そんなループの真っ只中で、わたしは生きているんだと思いました。

「佐伯のことさ」
「うん」
「好きかも、わからん」
「俺は知ってるよ。名前は俺のことが好きだって」

 じゃあわたしも知ってるよ、佐伯もわたしのこと好きだって。なんて言い返せるほど立派なお口は、わたしは持ち合わせていないのでした。代わりと言ってはなんですが、口づけとかどうですかね、なんて。

浜辺で落ち合おう



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