作品 | ナノ




 忍足侑士という男の本質がよく見えない。無口なわけではない、持ち前の関西弁は非常にノリが良く彼がいると大体の話は盛り上がる。明るくて気の合う男子、表面上はそう見えていたが知れば知るほどそれが彼の素であるか分からなくなってきた。彼のテニスは心を閉ざすテニスらしいが、非常に彼らしいと心から思った。いや、まだポーカーフェイスでいるテニスの方がましだ。笑っているのに冗談も言うのに本意がどこにあるか分からなくなる私生活の方がよっぽど困りものだ。別に忍足くんに素を出せ、と強要したいわけじゃない。ただ私はそばに居るのに彼が遠くにいるような虚無感を何とかしたいだけである。今だって向かい合って昼食を取っているのに、彼が笑い話をして食べているのに、不安を抱きだした私の心は虚無感に覆われている。私は忍足侑士という男がよく分からなくなってきていた。

「なんや、ぼーっとしてんなぁ」
「…忍足くんってよく見えないね」
「目でも悪くなったんか。じゃあ俺の眼鏡貸したろか、伊達眼鏡やけど」
「そういう意味じゃなくて。ただ、忍足くんの心が見えないなって」

 跡部財閥の助力によって豪華になった学園の昼食にも関わらず、食欲の落ち着いた私はそっとフォークを置いた。彼は今日のお前はよう分からんわ、と笑って食事を続けていた。よく分からないのはどちらだ、それは君の方じゃないの。目で訴えても彼は何やと言うだけで、本意を読み取ってはくれなかった。

「忍足くんのテニスは心を閉ざすテニスらしいね」
「そう言われてるみたいやな。ポーカーフェイスなだけやけど」
「ポーカーフェイスの方がまだいいよ。笑ってるのに心ここにあらずみたいなのよりは良い」
「さっきから何が言いたいねん」
「別に。ただ寂しいだけ。忍足くんがどこか遠くに居るみたいに感じて」

 再びフォークを手に食事を再開した。家では食べられないような料理なのに、目の前の男で頭いっぱいの私の舌は何も感じ取らなかった。彼は変わらずに食事し続けていたが、口元には笑みが含まれていた。

「ほんまに不思議なやつやな。俺は目の前に居るってのに」

 そんな事言うのお前ぐらいやわ。優しい目をして言われても今の私には通用しない。私達の関係は友達以上恋人未満。もう一歩でもお互いが踏み出せたら新たな関係になれるのに、こんな会話をしている私達は行動しないままこの関係を保ち続けた。私は忍足くんがすきだ(これがlikeかloveかは分からないが)、だのに近づいても見せてくれない彼の心に寂しさを覚え始めたのはそう遠い出来事でない。

「もし俺の心がどこか遠くにあったとして、お前はどうしたいねん」
「どうするもなにも、気になるだけ」
「さよか。でも残念なことに俺もよう分からんねん、お前の言う心がどこにあるかなんかは。俺はただ思ったことを口にしてるだけやねんけど」
「そっか」
「でもお前がそう言うねんやったらそうなんやろな。俺は無意識に心を閉ざしてるのかもしれん」

 忍足くんの心はどこにあるか分からないはずなのに、伏せ目な表情を見るとすこし申し訳ない気持ちになった。ちがう、こんな表情はさせたくなかった。自分の発言を省みてから、口を開く。

「…忍足くん、眼鏡貸して」
「伊達眼鏡やで」
「いいから」
「ほんま不思議なやつやな」

 忍足くんから眼鏡を受け取って掛けてみる。目の前には眼鏡を外した彼がいて、それだけなのに雰囲気がえらく違って見えた。それが私が眼鏡を掛けたせいか、彼が外したせいかは分からない。

「何だか見える気がする」
「伊達やで、度も何も入ってへんのに見えるわけないやろ」
「だから何だかって言ったの。何となく忍足くんっていう人間が見えた気がする」
「ふーん。そりゃ良かったわ」

 小さく笑みを漏らして、彼は食事を再開した。眼鏡を掛けた私もそれに倣った。忍足侑士という男の本質は未だよく分からないままだが、今日は彼の本意を少し聞けた気がする。どれほど時間がかかるか分からない、それこそ卒業までに間に合わないかもしれないけれど、この男の本質を少しずつでも知っていきたいというのが私の本望になった。

 うん、相変わらずここの料理はおいしい。

不可解ロマンス

Title by 六区

2012.06.09




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -