変わるはずのなかった僕らの距離を変えたのは、他でもない僕自身だった。 おとなしかった僕、勝ち気でお転婆だったあの子。幼い僕らの関係は、まるで姉と弟みたい。けれど、母さん達が笑いながら話しているリビングに、お転婆すぎて転んでしまって、泣きそうになったあの子の手を引っ張って連れていったことが一度だけあった。 もう何年も前の話なのに、あの日のことは、随分と鮮明に覚えている。 ずんずん進んで、小さくなっていってしまう背中。いつもみたいにゆっくり追いかけていると、不意にその背中が視界から消えてしまった。 びっくりして、彼女のいた辺りまでかけると、よくみれば道路にうずくまって、涙目になっていた。ひざを見ると、赤い染みが出来ている。ああ、ころんじゃったんだ。どうしよう、大丈夫かな。 「……いたい、」 じわり、彼女の大きな目に、先程までより大きな涙の粒が出来る。慌ててポケットからハンカチを出して、ひざの染みに当てる。そうだ、こんなときは。 「……ボクがいるから、大丈夫だよ」 「ほんと?」 「うん!はやく、母さんたちのところへもどろう?」さっきまでの涙はどこへやら、途端に笑顔に変わる君。心臓が大きく跳ねやいで、そのことにびっくりする。 もうこけてしまわないように。ぎゅっと彼女の手をつかんで、ゆっくり、それでも出来るだけ急いで家へ帰る。掴んだその手は、まだほとんど僕とは違いなくて。けれど、僕よりずっとあたたかかった。それでまた、ドキドキしてしまったのだ。 家に帰って母さん達の姿を見た瞬間、緊張の糸が切れたのか、二人とも泣き出してしまったんだけど。……かっこ悪いったらない。 その晩、何を思ったかバカだった僕は、姉さんに「心臓が痛い」なんていう相談をして。話をすべて聞き終わって、イヤににやにやした姉さんから、忘れるにもわすれられない一言を聞く。 「バカねえ、周助。それは、好きってことよ。」 ……好き。かくして僕はそれを自覚するに至った。今でも時折、姉さんにはこの話でからかわれる。お願いだから裕太には、絶対内緒にしておいてよ。 忘れもしない、五歳の夏のはなし。それから、かれこれ十年近くも好きでいるのだから、本当に僕は一途な男だと我ながら思う。 十五歳になる彼女は、あの頃と違って少しおとなしくなった。けれど、本質はやっぱり変わらない。ふとした時に見せる笑顔は、あのころのままで、僕はそれを見るたびに心臓が大きくゆれる。 同じ幼稚園へ通って、同じ小学校へ通って、同じ中学校に通う今。僕らの距離は、変わらない。 「おはよ!」 「……あ、うん。おはよう」 変わらず一緒に学校へ通い続けて。けれど、隣を見ると、君が随分大人になったみたいに見える。まるで、僕だけあの時に取り残されたままみたいだ。 しゃんと伸びた背中、落ち着いた表情。僕は、君の全てが好きだよ。 君の苦手なことだって、好きなものだって、全部知ってる。けれど、君の好きな人だけは知らないし、知りたくない。 そう言って逃げ続けて手に入れたのが、今の心地いい関係。 本当に、これでいいのかな。 他愛ない話を続けながら、ぼんやりと、頭の片隅で違うことを考える。 もしここで、僕が君を好きだと言ったら、君は何て返してくれるんだろう。 驚く?嫌がる?笑ってくれる? 「関係を変えるなら、今しかないぞ」と誰かがささやく。 いつの間にかじっと彼女を見つめていたのか、彼女は少し顔を赤くして、こちらを見返していた。 確かに、今の関係は心地いい。けれど、いつ終わってもおかしくない。いつ、彼女に彼氏が出来て、僕から放れていっても不思議じゃないのだ。 ……それは、いやだ。 ならいっそ、この関係を終わらせるのは、自分の方が良いんじゃないか。 そう思った次の瞬間、僕の口はもう言葉をだしていた。 「あのさあ、」 今までは、幼なじみ。 じゃあ、今日、これからは? 彼氏、彼女に代わっていることを願いながら、僕はおちついて口を開いた。 「君が、好きだ」 |