作品 | ナノ




 男子テニス部に所属し、コート上の詐欺師などと如何にも信憑性の欠けた異名だが、中学テニス界ではそこそこ名の知れた選手らしい彼は仁王雅治といって主に同学年の女子生徒から好意を寄せられている。気怠げな面差しに不健康そうな青白い肌、ひょろひょろと細い身体の割に柔弱さの影を少しも見せないのは、派手な髪色と独特な雰囲気を醸し出しているからであろう。チャームポイントといえる尻尾のように束ねた後ろ髪の茶目っ気さと、口元の黒子の同い年とは到底思えないエロチックさが次々と女性のハートを射止めているとは専ら噂である。
 然りとて、私は彼に騙されない。
 二年生の頃、当時同じ生徒会に所属していた柳生とそれなりに仲が宜しかった私は、どういう経緯か彼に紹介され、そのニオウマサハルとやらを知った。一言に中学生らしくない噂通りの男子生徒であったと記憶には薄らと刷り込まれているが、その全貌は明らかではない。
 初めて奴と対面した際に、一度こちらへ刺すような視線を向け、観察するように私の頭から足の先まで穴が空く程凝視した後、背後に控えていた柳生を手招きし、こそこそと耳打ちした。ちらり、丁度顔を上げた奴と視線が重なると、どうやら彼のお眼鏡に私は到底適わなかったらしく、さも小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。性根が捻曲がった野郎であろうと見受けた私の考えは的を射てる筈。
 人生最悪の邂逅を果たした私たちは三年生に進級し、クラスメイトとして再び顔を合わせる事になったのであった。


「新しいクラスには慣れましたか」
「柳生、何かいつにも増して先生みたいな口調になってるよ。というかね、昨日の面談で真っ先にそれ訊かれたわ」
「今更でしょう。面談ですか、私のクラスはまだ話題にすら出ていませんね」
「あのさ、話が逸れるけど、柳生って友人関係とかどうなの。差し出がましいようだけど結構心配だったりするんだ」
「敢えて言うならば、そこそこです。そう言う貴方はどうなんですか」
「前のクラスで仲良かった子とは離れちゃったけどね、何とか上手くやってるかな。まだ、やっぱり慣れないけど――」

 彼が居なければもっと上手くやっていけると思うんだ、とは流石に彼と友人である柳生には言わないでおいた。
 今更だが柳生は何で彼奴と仲が良いのか、と幾度疑問にに思った事か。後々に噂で聞いた話だと、二年生の後期辺りから唐突に二人で居るのを見掛けるようになったとか等々。彼が柳生の弱味を握っているという噂が真実なんだろうと私は踏んでいるが、そうでなければ柳生を女性と見立てると、奴は紐のようだ。
 遡れば、彼に嫌悪感を抱き始めた一ヶ月前。クラス替えをしたばかりの環境に慣れない所を追い討ちを掛けるように席替えをすると高らかに宣言した担任の手っ取り早く、親睦を深めさせようとする魂胆が丸見えの陰謀に色々な意味で引っ掛かってしまった私は少々、否かなり荒れていた。隣の男子に声を掛けられても頑と無視したのは、あの場合は仕方が無かったのである。しかし、だからといって何故なのだろう。翌日、隣の席に着いたのは、私の八つ当たりの被害者である男子ではなく、仁王雅治だった。驚きを隠せず、瞠目しながらも指差すと、私に気付いた奴は、「彼奴がどうしても席を交換して欲しいって俺に頼んできよったからのう、仕方無く代わったんじゃ。けどな、俺もおまんが心底嫌いじゃき、話掛けんでの。まあ、名字がどうしてもってんなら、不本意にも隣になったんじゃから、――」云々。それはそれは良く喋った。あっそう、と素っ気なく返してから、未だに茶々を入れられても正面から話さなくなった。偶にしょんぼりとした横顔に見えるのは気のせいだろう。
 この際はっきりと言うが、奴の何処の辺が格好いいというのか十字以内で簡潔に教えてほしい。不良よろしくにちゃらちゃらと、周りと異質な己に陶酔しているとしか私には感じ取れなかった。
 というか、私がいつ貴様に何をした。

「――――さん、名字さんっ」
「え――、あ、えっと何どうしたの」
「先程からぼんやりとしておられるようですが、気分でも優れませんか」
「ん、違う違う。考え事してただけよ」
「一見する所、そうなのでしょうね」
「本当に大丈だから――って、あれ」
「ここ、眉間に皺が寄っていますよ」
「ああ、そういう事。ふう、一瞬柳生までおかしくなったのかと思ったわ」
「失礼ですね。私は至って正常ですよ」
「ですよね。あーもう、柳生好きだ」
「いきなり何を言い出すのですか――」

「おまん、何しとんじゃ」

 他クラスの友人に数学の教科書を借りに行った帰りに、廊下にて柳生に遭遇した。久々の彼との会話は弾み、たった数ヶ月会わなかっただけだが、柳生の変わらなさに胸を打たれるものがあった。
 衝動的に手を伸ばして抱き付こうとしたのだが何かに弾かれバランスを崩した私は受け身を取れず尻餅をついた。痛っと強く打った尻を手を擦りながら、その何かを捉えようと顔を上げる。――やはり私と柳生の間に割り込んできたのは仁王雅治だった。相変わらず私の心配をしてくれている柳生の前に立ち塞がり、ぎらぎらとした目つきで睨んでくる。

「柳生に手え出さんでくれんかのう」

 全く、勘違いも甚だしい。
 我ながらこの程度で幼稚だとは自分自身が最も理解しているが、元々の短気さもあり、一度沸点を超えた怒りを直ぐに鎮められる筈もなく、つらつらと刃物のような非難の言葉が喉から這い出る。
 付け回すやら手出すやらと勘違いが激しい奴だとは思っていたが、これには絶句だ。前に柳生繋がりで真田君に知り会った時、偶々その場に居合わした仁王に「とんだ尻軽女じゃのう」と言われ公で大恥をかき、先日図書室で柳君と話している最中に奴が乱入し、「こんな頭の悪そうな本読んどる女は、参謀には合わんナリ」と借りる予定だった本を奪われた挙げ句、書籍の著者を馬鹿にされた。
 貴様は馬と鹿に蹴られれば良い。

 仁王はさあ、私にどうして欲しいの。

 はっきり言ってみなさいよ、と言い切る前に柳生に止められた。「それ以上は」と苦々しく笑う柳生に、いつの間にか前へ乗り出していた身体を戻す。ごめんね、感情的になり過ぎたみたい、と謝ると柳生は「こんな人目に付く所で問題を起こされても困りますから」と早速、風紀委員としての心意気を示しているようだった。長く深い息を吐き、心を落ち着かせると仁王に向き直った。そしてふと気付く、「あれ、仁王ってこんなだっけ」と。鋭利な刃物をイメージするような目つきは相も変わらずだが、瞳の奥は当惑に揺れ、形の良い眉が八の字に垂れている。唇を噛み締めてこちらを窺う姿は何かを堪えているようにも見える。というか、今にも泣きそう。今までのイメージを覆す光景にぽかんとだらしなく口を開け、はっとして目を擦る。次の瞬間視界に飛び込んだのは青白いと思っていた顔をこれでもかと赤く上気させ、目を潤ませた仁王。どういう状況だこれ。

「俺、は名字がす、すす好」
「ちょ待て、ついさっき理由を言えとは言ったけど前言撤回。今何を言おうとしているか知らないけど嫌な予感しかしないんで口を閉じて下さいお願いします」
「名字ん事が、好」
「名字さん、仁王君、間もなくチャイムが鳴りますので教室へ入って下さい」

 酔狂な発言をしようとした奴とそれに身構えた私を素知らぬ顔で、間の抜けた時分に柳生の一声が掛かかった。
 仁王君は私に英語辞典を借りに来たのでしょう、と笑顔でそれを手渡す柳生を見届けると奴の顔も見ずに私は教室へダッシュで駆け込む。誰かに呼び止められた気がしたが、不覚にもうるさい心臓を落ち着かせるべく机に突っ伏し、邪念を振り払うように瞼をきつく閉じた。何なんだこの胸の高鳴りは。感情の渦に飲まれて窒息してしまいそうだ。

 男子テニス部に所属し、コート上の詐欺師などと如何にも信憑性の欠けた異名だが、中学テニス界ではそこそこ名の知れた選手らしい彼は仁王雅治といって主に同学年の女子生徒から好意を寄せられているらしく、不純交際を行っているやら、女性を取っ替え引っ替えしているやらと何とも女泣かせな野郎というとは耳にしたが、如何せんそこまで俗悪な人間だとは認められず、奴への意識が手の掛かりそうな甘ったれ不良男子から天の邪鬼な単なる駄々をこねる子供へと変化した。やや親近感が沸くような気がしないでもない。要は外見で人を判断してはいけない、と今となっては標語のようなそれも伊達ではないという事だ。
 時に、彼は色恋沙汰にも詐欺師の名を轟かすそうだが、私は未だかつてその面を拝見した事がないのである。



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -