作品 | ナノ




君との想い出はいつだって青空の下。


群青の空、瞬く時






 名前を後ろに乗せ、バイクを走らせるリョーガは海沿いのショッピングパークに来るとその足を停めた。降りようとした名前がスカートに気をとられバランスを崩しそうになるとリョーガが抱えて降ろしてやる。

 軽々と自分を抱えるリョーガに内心ときめいた。しかしその反面戸惑いも。

 適当な場所にバイクを駐輪しさっさと歩き始めたリョーガの背中を追うが、先程までバイクの後ろに乗せられていた名前は心臓が止まるのではないかと感じていた。抱きついたリョーガの背中は想像以上に逞しく、どこか知らない人のようで。背にすがり付くのに躊躇してしまう。しかし離れようとはすればバランスが取りにくいとばかりにリョーガに腕を引っ張られ元の位置に戻されてしまい、それを何度も繰り返す羽目に。

 名前は自分との体格の差を改めて実感するしかない。男女の差を考えれば当然なのだが、学校では女子にしか会わないし、弟のリョーマは成長期前なのか筋肉はあるようだがまだその体の線は細い。
 名前の頬がほんのりと色付いていたのはそのせいだった。

「な、腹減らねえ?」
「へ!?」

 完全に上の空だった名前はリョーガの言葉を全く聞いておらず、しかしそれをスルーし勝手に動きだすリョーガは近場の可愛らしいカフェに足を踏み入れ、名前が言葉を発する前にメニュー表にでかでかと書かれたオススメランチプレートを二人分注文。その横暴さに若干腹を立てるがリョーガに何か問題あった?と聞かれ言葉につまる。

 無いと言えば無い。むしろリョーガが選んだお店は可愛らしく名前好みであったし、そのランチプレートも若い女子が好きそうなもの。そしてデザートにプチケーキがついてくる。
 ここで重要なのが「プチ」であること。なぜなら名前はこういったショッピングパークに来ると昔から必ず別にデザートを食べるからだ。更に付け加えるならば夏場は大抵アイス。アメリカに居る頃から名前を知っており、今は不服ではあるが越前家で一緒に暮らしているからか二人で出かけるなんて数年振りだというのにリョーガにすれば名前の行動パターンはお見通しのようで。

 勝手に決められるのは頂けないが、とりあえず名前にしてみればその内容には文句のつけようがなかった。


(でもかなり女慣れしてるなこいつ…)

 バイクの乗り降りでも感じたがリョーガは自分と比べ物にならないほと異性とのお付き合いの経験があるらしい。


 名前はそっとため息をついた。










*****


「あ、このお店可愛い…」
「んじゃあ入るか」

 ランチのあとリョーガと名前はショッピングフロアへ移動しお店を見て回っていた。そして名前好みの雑貨屋を見つける。と、リョーガがいるのにいいのか?と戸惑っているであろう彼女の手を引き足を踏み入れた店内。
 確かにリョーガの年頃の男子ならばいかにも女子が好みそうな店に近寄ることさえ嫌がる者もいるだろうが、リョーガにしてみればそれは何の問題もない。むしろ何が嫌なんだかと不思議でもあったのだ。
 最初はリョーガに遠慮していたであろう名前も店内のレイアウトに乙女心をくすぐられたようで、目をきらきらさせている。品を手に取って鏡の前であわせたり、値段の札を確認し苦い顔をしたり。そのくるくる変わる表情は万華鏡のようで自然とリョーガの頬はほころんだ。

(やっぱりこいつも女のコ、なんだな)


「何かいいのあったか?」
「あ、んーどっちにしようかなあって」

 悩んでいるような名前に気に入ったものが見つかったのかと思いリョーガが声をかける。すると見せられたのはそれほど違いがなさそうな二つのシュシュ。これだけ可愛らしいピアスやネックレス、ブレスレットなど多くの装飾具がある中選ぶのはそれなのかとリョーガは若干項垂れる。

 つい先程名前も年頃の女子なのだと言ったのを全力で取消したい気分だ。

「何でまたそんなの…」
「そんなの、って何それ。夏場だし髪の毛結ぶのに可愛いの探してたんです!」

 リョーガの言い方が気に入らなかったのか顔を背けてしまう。が、リョーガにしてみればそんなこと言われても、だ。

(しかもそれ何が違うのかぶっちゃけわかんねえし…)

 淡いピンク色のそれら。じっと目を凝らすがいまいち違いが分からない。

「そんな悩むもんか?ぶっちゃけそんな高くないんだし両方買っちゃえよ」
「え?そんな贅沢できないし」
「いやいや、こっちがえ?なんだけど。だって一個6、7百円だろ?」
「…あんたの金銭感覚おかしい。バイトもしてない高校生にしたら充分高いんだから」

 ため息を吐くともうリョーガを相手にする気がないのか再び二つのシュシュを真剣に見つめる。そんな名前を見て今度はリョーガがため息を溢す。そして名前の手から二つのシュシュを取り上げた。

「あ!」
「よし、右と左どっちがいいんだ?」
「え、ちょ、買ってもらうなんてできな」
「勘違いすんなよ。誰も買ってやるなんて言ってねえし」

 名前の冷めた視線から「こいつ本気でうざい」と思っているであろうことがありありと伝わってきて思わず苦笑いが溢れる。

「で、どっちがいんだよ?」
「えー…切口がレースになって」
「いや両方レースじゃん」
「違うし。こっちはレースでもここにステッチがあって…」

 違いを説明されるがやはり大差が無い気がする。

 シュシュが大量に置かれているコーナーに目を向け、リョーガの目についたのはオレンジ色のそれ。名前の拘るレースがあり、小さなチャームもついている。

(お、こっちのが可愛いじゃん)

「なあ、こっちのにしろよ」
「は?また勝手なこと言って」
「こっちのが夏っぽくていいじゃんか。髪だって黒なんだしこっちのが似合うだろ?」
「そうだけど、オレンジ…洋服とバッティングしないかなあ」
「むしろそこまで色が派手なの着てるとこ見たことないっすけど?」
「………」

 リョーガお勧めのシュシュを手にとり鏡の前で黒色の髪にかざす。よく映えるオレンジ色のそれに名前も満更ではないようで。
 サイドで結べば小さな星のチャームが丁度耳の下あたりで揺れる。

「可愛いかも…」
「だろ?」
「むー…リョーガのセンスがいいって何かムカつく」
「おい、どういう意味だそれ」






「あ、でもダメこれ」

 乗り気だったくせに急に却下の意を唱えた名前に何で?という疑問が。考える前にその問いは口から飛び出していたようだが。

「さっきのより300円高い…」

 別に300円ならよくね!?と叫びたいのをリョーガはグッと堪えた。先程金銭感覚を全否定されたばかりである。

「そしたらその300円は俺が出してやるよ」
「い、いやいや。いいよ大丈夫」
「いいから。そのオレンジのにしろって言ったの俺だし」
「え、でも…」

 ん、とポケットから小銭を取り出すリョーガ。渋る名前の手にそれを無理矢理握らせレジの方へ向かうように背中を押してやる。
 あとは知らないとばかりに外で待っていることを告げリョーガは店内から出てしまった。


 店から出ればまだリョーガにはやることがある。待っている、と言ったが早々にその場を立ち去った。
 その足が向かう先はアメリカから上陸したアイスパーラーだ。













「わり、待った?」
「ちょっとリョーガ!どこ行ってたわけ」

 先程の店の前に戻れば会計をすませた名前がショップ袋を片手に立っていた。確かにただ待っていると告げた人間が店を出たらいませんでした、だったら誰だって戸惑うのはリョーガだって分かる。そして生真面目な名前ならリョーガの勝手な行動に腹を立てているであろうことも。

「悪い悪い。案外混んでてさ、向こうだったらすぐなのになあ」

 そう言い名前の前に差し出したのは買ってきた今大人気だというアイス。

「へ?」
「ほら、アイス。早く受けとれよ」
「え、ありがとう…」
「ん」

 マイペースに話を進めるリョーガに押し切られ名前も受け取ってしまう。まだ戸惑っているようだが早く食べないと溶けるぞ、と促せばやっとアイスをその口に含んだ。

「旨い?」

 うんうん、と勢いよく頷くことからその味を気に入ったのが分かる。

「って違う!アイスのお金、あ、それとやっぱりさっきの300円も」
「300円」

 ほれ、と手を名前の前に差し出す。

「違うよ、アイスとシュシュ代含めてだから」
「アイスは俺が勝手に買ってきたんだよ。で、シュシュ代の300円は貸しただけだから返して」

 リョーガは無理矢理名前に300円を握らせたが後になって彼女がその分を意地でも返そうとするであろうことを分かっていた。だから会計自体は名前に任せて先に店を出たのだ。そしてその間にアイスを買ってきた。
 名前の気がかりであろう300円をうやむやにするために。

「ほら、早く300円」
「いや、だから…」
「何だよ300円も払いたくないって?」
「そうじゃなくて!」

 端から見たら男が自分の彼女に金をせびっているようである。周囲から白い目を向けられている気がする。

「うわ〜お前のせいで俺が酷い男みたい」

 何で?という名前にこちらを見ているであろう周囲に目を向けるよう顎をしゃくる。そして初めてそれに気付いたのか何とも言えない顔をした。

「で、評判ががた落ちっぽい俺の顔を立てると思って300円もしまってくれると嬉しいけど?」
「………ありがとうございます」
「どういたしまして」

 満足、とばかりににんまりと笑いその頭を撫でてやる。横でため息を吐いているのが聞こえたがスルーした。






 それからも度々やっぱり、と言い出す名前に「だったらガソリン代払って」やら「じゃあ洋服買って」と言葉を返すリョーガ。金額が大きいからかグ、と押し黙ってしまう名前を見て声を殺して笑うしかない。




 特別な何かがあったわけではないけれど、確かにリョーガと名前二人の心に残った、ある年の夏休みのある一日。










 その夏、名前の髪がリョーガの好物であるオレンジと同じ色したシュシュで結ばれている姿が度々見受けられるのだった。




リョーガ×リョーマ姉。



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