それだけを愛する男






 目の前で煙草をふかし、気だるそうに天井を眺めているこの男が、佐助は嫌いだ。その横顔を眺めている今も、殺意が湧いてしょうがない。そのくらい、佐助はこの男が嫌いだった。だが、佐助には殺せない理由があった。
 セックスだ。この男とのセックスは、好いた男とのセックスより気持ちがいい。嫌悪と殺意で吐き気を覚える中に、突き抜けるような快感があるのだ。腹立たしいことこの上ないのだが、この男は上手い。佐助は元来、性別に頓着せずにセックスをしていた。だが、女役に回ったことは一度もない。この男とセックスをするとなっても、陵辱してやろうと思っていたのだが。押し倒した途端にひっくり返されて、逆に犯されてしまったのだ。屈辱だ。それに加えて、とびきりの快楽を与えてくるものだから、腹が立つ。だが、腹が立つ以上に気持ちがいいものだから、この男とのセックスにはまってしまったというわけだ。

「ねえ、しんで」
「……ah?」

 ちょうど煙草を灰皿に押し付けているところに素直な気持ちを伝えてみると、隻眼の男――政宗は怪訝そうに眉を顰めた。

「だから、今すぐしんで」
「だからじゃねえよ、てめえがしね」

 よくも人を散々犯しておいて言えるもんだ。佐助はそう思ったが口にはしない。散々喘いでた奴がなに言ってんだと言い返されるのがおちだからだ。なので、もう一度いう。

「やだ、あんたがしね」
「NO!俺はNOと言える日本人だ」

 政宗は佐助の肩を掴み、強くシーツへ押し付ける。そして、佐助の身体を跨ぐ。重みで佐助の身体は沈む。シーツは白濁まみれで汚い。背やら足やらにそれがべたべたとくっついてきて、佐助は身を捩じらせた。だが、それだけで退かせられるほど柔な男ではない。

「ふざけんな。しね、しねよ、今すぐしね」
「そんなにしんで欲しけりゃてめぇがころしてみろ」

 腹に、硬いものが当たる。先ほど溢れるくらい人の中に出しておいて、未だ勃つのか。だいたい、今の応酬のどこに欲情したのかさっぱり解らない。殺意にさえ欲情するこの男は猿なのか。いや、猿よりもっと低俗な存在に違いない。

「あんたのせいで殺人犯なんかになりたくない」

 尖った犬歯を唇から覗かせて、政宗は笑う。ぞっとして、勃起した。どうやら自分も猿以下の低俗な存在らしい。政宗の髪の毛を掴み、強く引く。ぶちり、と何本か髪の毛が抜けてしまったが、お互いに頓着しなかった。互いの歯を舐りあって、舌を噛む。痛みと嫌悪と、とびきりの快楽が血と共に巡る。ああ嫌だと頭の隅で考えながら、佐助も笑った。

「なら、しぬまで一緒だな」

 しぬまでセックスをするつもりらしいこの男が、可笑しくてたまらないのだ。恋人でも、友達でもない。お互いのことはなにひとつしらない。知っているのは名前と、セックスが好きだということだけだ。セックス意外で繋がりを持たない自分達が、しぬまで一緒にいる。これ以上の笑い話はないだろう。無論、佐助にはそんなつもりはない。しぬほど嫌いな男と一生一緒にいるくらいなら、性器を切り落とした方がいい。

「さいあく、だ」

 佐助は身体を弄る熱い手の感触に背を震わせる。そして、政宗が勝手に打ち出した未来予想図に対する嫌悪を、吐息と共に吐き出した。だが、性器を切り落とすにも、この快楽を手放すのはどうにも惜しい。もう暫くは、この男と一緒にいなければならないようだ。そう思うと、うえ、とわざとらしいような声が喉から出た。それに一瞬だけ政宗は手を止めたが、直ぐに動き出した。佐助の吐き気など、頓着するに値しないのだろう。この男が気にするのは結局のところ、穴の具合だけだ。
 そんな、セックスだけをあいするこの男に、いつか切り落とした自分の性器を投げつけてやりたいと、佐助は頭の隅で考えた。












≪20100531≫









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