夜目、





 もう直ぐで、乱世が終わる。否、終わらせるのだ。己の主どもが。おかげさまで忍びは無用の長物となる。つまり、これが最後の仕事というわけだ。乱世が終われば自害するのもいい、里に戻るのもいい。しかし、里に戻ったところで何が出来ようものか。新たな忍びはうまれないし、里も、何事も無かったかのように消えるだけだ。それならば、いっそ戦場で討ち果てるか。だがそれも、忍びの死に方ではない。武士の死に様だ。忍びが日の当たるところで死ぬものか。生き残る術はない。生まれたときから忍びなのだ、死ぬ時も忍びとして死のう。
 佐助は、夜の闇を駆け抜けながら思う。乱世の終わりと共に、忍びは消える。平和な世に忍びなど不必要なのだ。もっとも、あの、年若い主が「赦す」とも思えないのだが。初めて会ったときからそうだった。出会った頃の主は一三歳になったばかりで、忍びを忍びとして扱う術を知らなかった。ガキなのだから仕方がないと、最初こそ思ったものだが。後々解かったことだ。あのガキは、初めからそれを理解するつもりなどなかったのだ。それがどんなに辛い事かも知らずに人のぬくもりを分け与えようとする。道具のままの方が罪悪感などからも逃れられたというのに。
 あの、男は!


 屋敷の木に降り立つと、苛立ちのままに細く闇に伸びた枝をへし折った。これこそ忍びらしくない行動だ。しかし、己は悪くない。人であることを植えつけたあの男のせいだ。自分勝手と言われればそれまでだが、あの男の身勝手よりはよほどマシだ。目下に目をやれば、縁側に「あの男」が立っている。戦前で高ぶって眠れないのであろう。そしてその高ぶりを己で晴らさんと、待っているのだ。忌々しい。此方に気付いているだろうに、声も掛けず、月を眺めるふりをして様子を伺っているのだ。その瞳は月明かりのなか爛々としている。まるで獲物を狙う動物だ。


「佐助」


 何時までも微動だにせぬ己に痺れを切らしたのか、焦れたような声色で名前を呼ぶ。忍びは主に呼ばれれば是非もなくいかなければならない。返事をせず、静かに庭に降り立つ。そして膝を付き、命を待った。


「夜枷を、申し付ける」


 掠れた声で、紡ぎだされる言葉。だが、否応無しにこの存在を縛り付ける言葉だった。


「了解しましたよ、っと」


 大人しく頷いてみせれば、後は早いものだった。腕を掴まれて強引に室内へ引きずり込まれる。そうして、布団も無い畳に強く押し付けられて、喰われるばかりだ。
 歯が首筋に当たる。が、その瞬間、戸惑ったように小さく震えた。わざと残しておいた白粉の匂いを嗅ぎつけたからだろう。遊郭へ密偵に行った事は、とうに分かっていただろうに。


「お前は、嫌な男だな」
「あんただろ、それは」


 笑ってやると、今度は強く噛まれる。おそらく首筋には、くっきりと歯型が残っているだろう。首筋を晒すのはこれが最期だから、頓着する必要もないが。
見上げた顔は、月明かりに照らされていた。昼間に見るよりも、男前に見える。などと、忍びの目に昼も夜も関係ないのだが。だが、夜にみるこの男の顔は好きだった。


「お前は、夜のほうがかわゆい。否、かわいげがあるといったほうが良いか」


 はっきり見えもしないくせに、そう言ってやりたくなったが口を噤み顔を逸らす。違う、はっきり見えないからこそ、かわいげがあるように見えるのだ。夜目遠目傘の内、というやつか。腹立たしい。主でなければ、主でさえなければ、こんな奴!
 苛立ちを察したのか、機嫌をとるように頬を撫でてくる。体温の高いそれは心地よい。しかし、嫌がるように手で払う。心地よさなど与えてくれるなと、拒む。だが、それさえ気にした様子もなく、ぐいぐいと熱を押し付けてくる。


「佐助、」


 ひどい、男だ。
 段々と精神が追い詰められていくのが解かる。忍びらしくない。これしきのこと、昔の自分ならさらりと流せたものを。この男を主としたために。
 ぐらぐらと熱に酔ったように視界が揺らぐ。その内、ぽたりとなにかが落ちた。これは、保とうとした、忍びの在り方か。

 夜の闇に霞みもしない忍びの目に、募る劣情ばかりが霞んで見えた。












≪20100128≫








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