同道廻り


 



「恋、しちゃった」


 そう言う佐助を見るのは何度目のことだろうか。普段、他人には全く関心を持たないくせに、ふとした瞬間、佐助は恋に落ちる。老若男女関係無く恋をして、泣いて幸村の元に帰ってくるのだ。泣くといっても、号泣するほどでもなく。ほろりと、少しだけ泣くのだ。幸村はその度に燃えるような嫉妬をするのだが、最近では「どうせ帰ってくる」と思うようになった。そのため、嫉妬の渦に巻き込まれそうになっても、それを回避する術を身に着けてきた。

「旦那」

 リビングで宿題をしていると、佐助が寄ってきた。椅子に座る幸村の膝に顔を乗せ、泣きながら幸村を呼ぶ。旦那、旦那と何度も。だが、それになんの興味もない振りをして幸村は目の前の空白を埋めた。明日、英語の単語テストがあるのだが、毎回赤点をとってしまう幸村のため、先生が用意した宿題だ。こんなものを出されたのはクラスで幸村だけで、やってこいと言われたときはたいそう恥をかいた。だが、やれと言われればやるしかない。宿題とはそういうものだ。やる意外に選択肢などない。
 がりがりと英単語を書き連ねていく幸村の傍ら、佐助は涙を零しながらその手元をじっと凝視している。

「旦那、それ楽しい?」

 泣いて名を呼ぶばかりだった佐助が、久しく言葉を吐いた。それに漸く手を止めて、目下にある佐助の顔をみた。

「楽しいわけがなかろう」
「だったら、俺様がやってあげようか」

 目尻から涙を垂れ流しながら、にこりと笑う。それから、そっと幸村の手から鉛筆をとった。幸村は筆圧が強く、シャープペンの軟弱な芯ではすぐ折れてしまうのだ。

「これくらい、自分で出来る」

 返せ、と鉛筆を取り返そうとするのだが、その手は遠ざかり、プリントまでも取られてしまった。

「だめ、これがあると旦那構ってくれないじゃん」

 そう言うと佐助は緩慢な動きで立ち上がり、鉛筆とプリントを持って自分の部屋へ引っ込んでしまった。リビングに取り残された幸村は、自分の手に目を落とした。先ほど触れた、冷たい手の感触を思い出していたのだ。家事をするせいか、佐助の手はかさかさに荒れていた。今は初夏なのでそう酷くもないが、冬などは荒れる上に皸にもなるため、痛々しい。実際、佐助も痛そうにしていた。
 その、佐助の荒れた手の感触が皮膚に残っている。肌を滑った、細切れに薄皮が剥がれてしまった、手の感触。女のように柔らかくもなければ寧ろ、骨と皮ばかりの触り心地の悪い手。だが、あの手に触れられると幸村は、たまらなく欲情するのだ。
 手をぎゅっと握って立ち上がる。そして、佐助の部屋の方へと歩き出した。きっと、まだ泣いている。人のプリントを涙で汚しくしゃくしゃにしながら、英単語を書いているのだろう。その様を考えるだけで、幸村は勃起しそうになる。

 かわいい、俺の佐助。

 部屋に着いたら後から抱きしめて、押し倒してやろう。そしたら佐助は、やはり泣きながら背に腕を回して、喘ぎながらあれやこれやと恋した相手のことを語るのだ。それに幸村は怒り狂って、手酷く抱く。そんな幸村の怒りに、佐助はいつも笑って言う。すきだ、と。いつものことで、これからも変わらない。幸村はそんな佐助が好きで、佐助はそんな幸村に縋るしかないからだ。
 佐助の部屋のノブを静かに回して、そっと扉を開く。そして見えたのはやはり、泣きながら空白を埋める、小さな背であった。













≪20100531≫








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