ついに彼はかえらない




 任務を命じて幾年経ったか、巡る季節を何度見送ったか、空いたままの隣を眺めて幸村は考えたが答えなど見付からなかった。彼が「行ってきます」と何時もの様に剽軽に言ったあの日から五年以上は経っているし、季節はそれに伴って巡った。もう、何の任務を与えたのかも忘れてしまった。


「才蔵」

「…は、」

「団子が食べたい…」


 呼べば直ぐに屋根裏から降り立つのは彼では無く、真田忍隊長である霧隠才蔵だ。この数年で彼は長ではなくなってしまったのだ。才蔵自身は「長はあの方以外有り得ない」そう言って聞かなかったが形だけでもと幸村が後釜を押し付けた。今となっては長として中々様になっている。…とは言え、泰平を迎えた世に戦忍としての仕事は無いのだが。


「…そう仰ると思っていたので既に用意出来ております」


 懐から包みに入った団子を取り出すのは彼ではない。それなのに、二人の仲良さもあってか変に重なって見えた。


「流石だ、誉めて遣わす」


 早速団子に手を伸ばしながら笑う幸村は何処か影がある。年老いたせいもあるだろうが、何かが欠落していた。


「…長、は…何処に居るのでしょうな…」

「何を言って居るのだ、才蔵。長はお主であろう」

「名ばかりに御座います。今は亡き、真田忍隊を誠に束ねる事が出来たのは長、猿飛佐助だけ…」


 今は亡き、その言葉に幸村は僅かに表情を曇らせる。これまた数年前になるのだが、乱世最後の戦、大坂夏の陣で皆を失ったのだ。死に花を咲かせようとしていたはずだった幸村は仲間の命を壁に薩摩に落ち延び、才蔵も残って戦おうと刃を手にしたのだが、刃を奮うならば主を守れと背を押され共に落ち延びたのだ。幸村が生きる事こそが仲間の最後の願いだったのだ。そして、その自己主張の強い仲間を束ねたのが長、猿飛佐助なのだ。数年前、幸村の命を受け出て行った切り、二度と姿を表す事は無かった。


「…あやつの事は口に致すな」

「しかし…」

「佐助は居らぬのだ。居らぬ者を悔やんでなんになると言うのだ」


 きっぱりと言い捨てると静かに目を閉じる。佐助と、この名前を音に出して呼ぶのは何年振りか。名前を呼んだだけだというのに喉が張り付いたように熱い。瞼の裏に浮かぶ顔は大分ぼやけてしまったが変わらず笑みを浮かべている。笑みを浮かべながら死んでいく、自分の中から灰が散る様に消えていく。繋ぎ止めるにも本人がいないのだからどうしようもない。もう無理なのだ。今更沸き上がる焦燥も無い、とうに繋ぎ止める事など諦めた。

 閉じていた目を光に晒せば手に持ったままだった団子を口に放り込む。口腔に広がる甘さは変わらず美味い。しかし、たまに混じる塩辛さは隠し味なのだろうか。不味くは無いが美味しくもない、止めた方が良いと後で言ってやろう。


 頬を撫でる風がひやりと冷たく感じる。夏はもう終わり、新たに秋が直に巡ってくる。変わらない事は、彼が居ない事だけだった。








<<20080827>>








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -