座敷童子のしゃれこうべ
ごとん、と何かが足元へ放り投げられた。それは赤を撒き散らして、足首に当たって静止する。こどもの首だ。これはなんだ。なんでこんなものがここにある。いや、なぜこの男はこんなものを、持ってきたのだ。
「くれてやる」
いるか。
口をついて出てきそうになる言葉を寸で抑える。目の前の男があまりにも真面目な顔をしているからだ。
「三成、ひとつ聞くが、なぜこんなものを小生に持ってくる」
首と距離をとるように、擦り付けてじりじりと足を引きながら問う。すると、三成は眉間へ皺を寄せ、不愉快だと言わんばかりに顔を歪ませていた。
「貴様が欲しいと言ったのだろう」
今自分が欲しいのは枷の鍵と天下と幸運くらいのものだ。だいたい、誰が好きこのんでこどもの首など欲しがるというのだ。
首に視線を遣ると、その目は白く澱んでいて、きらきらと輝いていた。光はないというのにやけに潤っているからだ。薄く透明な膜がみえる。
官兵衛はうんともすんとも言えず黙り込んでその眼光を眺めていると、三成が視界に割り込んできた。こどもの、肩ほどまであったであろう髪を掴み、拾い上げたのだ。
「座敷童子の首が欲しいと」
ああたしかに――たしかに、座敷童子が居れば捕まえたいと、そう言った記憶があった。だが、首が欲しい言った覚えは一度も無い。
自分が家康の首が欲しいあまりにまざって座敷童子の首、という結論になったのか。
しかし、よくよく考えてみれば、この男が自分の為に刹那の時間さえ割くとは思えない。これはどうもおかしい。夢か。夢ならば覚める。夢であって欲しい。
これは、どこからどうみても、ただのこどもの首だ。
「……三成」
「勘違いするな。刑部が座敷童子の首でもくれてやれば少しは従順になるだろうと言っていたからだ。でなければ、誰が貴様などの為に、」
忌々しげに吐き捨てると、首を押し付けてさっさと自室の方へと歩いていってしまった。
残ったのはこどもの首と、間抜けな官兵衛だけだ。
あれは、多分座敷童子のこともろくに知らなかったのだろう。文字通り、座敷で遊んでいた子の首を落としてきたのだ。凶王の名に相応しい暴挙。罪悪感も抱いてはないだろう。
だが、その暴挙に自分も加えられている。刑部が言ったにせよ、あの男は自分の為に子の首を落としたのだ。聞かれれば迷わず「官兵衛にくれてやった」と言うのだろう。そして、自分はそれを否定できない。違うといった所で、あの男が自分の為に首を落とした事実は変わらない。
枷のついた腕に、乗せるように抱いた首。それからは鈍く鮮血が零れ、身体を濡らしていく。あの男も、血に濡れていた。自分も同じだ。誰が為己が為、他人の血で己を汚す。どんなに汚れても止まらない。止められない。それが、心の奥に潜む衝動だ。
「つきのほしをつかむまで、か」
つきはもう回ってこない。座敷童子は死んでしまった。この枷だ、鞠で遊んでやることなど元々できなかったが、せめて頭を撫でるくらいは出来ただろうに。
ずしり、と、首が重くなったきがした。